AIが認知症高齢者の見えない感情を可視化!介護の新時代へ
高齢者介護において、要介護者のコンディションを日々把握することは、家族にとって重要な課題です。特に認知症が進行すると、表情筋が衰え、会話も減少し、要介護者が感情や状態を表現するのが難しくなります。家族が一生懸命お世話をしても、要介護者が無言であることが多く、それが介護者のストレスをさらに増幅させる一因となっています。「少しでも『ありがとう』の一言があれば救われるのに」という声も多く聞かれるのが現状です。
本研究は、要介護者のためだけでなく、家族のそのような想いに応えたいという気持ちからスタートしました。コンディションの可視化により、介護者のストレス軽減に役立つだけでなく、適切な介護対応の実施や生活の質の向上、さらには介護現場全体の負担軽減も期待されました。しかし、要介護者の状態は日々変化し、一瞬の表情や感情からその時のコンディションを総合的に把握するのは容易ではありません。
研究に活用する技術要素
今回の研究では、AI技術を活用したリアルタイムでの「コンディションの可視化」に挑戦しました。AIが映像データをもとに要介護者の声のトーンや発話内容を解析し、感情を推定して現在の状態を客観的に表示する仕組みです。これにより、言語表現が難しい要介護者の気分や健康状態も把握しやすくなります。
技術的な基盤として、OpenAIのWhisper、AWSのComprehend、さらにオープンソースのMyprosodyを採用しました。Whisperで音声をテキスト化し、発話内容の解析に役立て、Comprehendを通じて感情分析を行います。また、Myprosodyにより声のトーンやリズムの特徴を抽出し、全体的な心理状態をさらに精緻に把握します。これらの技術を統合し、ケアマネージャーの協力のもとで高齢者向けの感情推定モデルを構築しました。このシステムを活用することで、ケア提供者は日々のケアに役立てるとともに、家族にも安心感を提供できることを目指しました。
研究概要
本研究は、高齢者施設の協力を得て実施し、日々のレクリエーション活動や会話からデータを収集しました。被験者8名に対し、隔週で1人あたり約10分の雑談を行い、音声データを解析しました。施設関係者とディスカッションを重ね、解析結果の精度確認やモデルの調整を行いました。
研究結果と課題
研究の過程で、認知症の進行度や個々の健康状態、気分には大きな個人差があり、すべての要介護者に対して一貫した精度の高い解析を行うことが難しいという課題が浮かび上がりました。認知症が進行するにつれて、表情の変化が乏しくなり、声のトーンが一定になるケースが多く、汎用的なAIシステムではこうした微細な変化を捉えることが難しいという限界も見えてきました。特に重度の認知症患者では、1分前の記憶さえも保てなくなることがあり、その瞬間のコンディションを正確に可視化するのは非常に難しいのです。また、ポジティブな感情は比較的捉えやすいが、ネガティブな感情は捉えづらいという問題にも直面しました。
今後の可能性
それでも、この技術を継続的に活用し続けることで、要介護者のコンディションの長期的な変化を捉えられるという希望が見えてきました。
また、介護者および家族からのフィードバック収集を行いました。インタビューとアンケートを通じて、介護スタッフや家族に対して、感情データの活用がケアの質や負担軽減にどの程度役立っているかを調査しました。質的分析を行い、収集したフィードバックから感情データの有用性や改善点を明らかにしました。
その結果、日々のデータを蓄積し、個々の感情のトレンドや行動パターンを把握することで、より精度の高い長期的なケア計画に役立てられる可能性が広がるのではないかと考えました。たとえば、1ヶ月単位での分析により、不安感が増している時期や疲れやすい期間を予測することで、介護者が先手を打った対応をとれるようになります。このように、介護スタッフや家族は、要介護者の精神的・身体的なサポートをより適切なタイミングで行えるようになり、ケアの質がさらに向上することが期待できます。
さらに、こうした技術が介護ロボットやデジタルヘルスケアシステムと連携することで、自宅での見守りや施設でのケア支援の効率が大幅に向上し、介護者の負担軽減にも貢献できるのではないかと考えています。これにより、遠隔地に住む家族もリアルタイムで要介護者の状態を把握でき、より安心して介護を任せることが可能になります。今後において、技術の進歩とともに、介護現場における人手不足や負担の問題を解消する一助となることを目指していきます。