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iPad Airを買った話

今週の水曜日、iPad Airを買った。人生で初めてタブレットというものを手にした。

iPadを買うことは2018年ごろから考えていた。その頃の私はいろいろあって入社するはずだった会社に入れなくなり、とりあえずフリーランスで通訳や翻訳の仕事をしていた。だからiPadを持ってスタバとかに行って仕事をしたらかっこいいんじゃ……などと思っていた。しかし別に大学時代に買ったボロボロでメモリも非常に少ない(エンジニア界隈の人に言わせれば「人権のない」)富士通のノートパソコンを大事に使っており、仕事はそれでも事足りたし、そもそも機密性などを考えたら外に出て作業もできないしで、買わずじまいだった。

その後しばらくして、フリーランスの不安定な生活をこのまま一生続けるのは精神的に大変だとか、私は当時まだ20代半ばだったので、お手本になるような先輩の近くで仕事ができた方が人生が豊かになりそうだなとか、いろいろと考え、紆余曲折を経てまた会社員に戻った。会社員になってからもしばらくは翻訳の副業を続けていたけれど、ノートパソコンはさすがに使い続けるには厳しいぐらい動作がもっさりしてきて、結局は本業が忙しくなり、翻訳の仕事は受けなくなった。それでもなんとなく、iPadに対する憧れはあった。iPadがあればブログがもっと書けそうだとか、絵の練習をしてみたいとか、そのようなふんわりしたことを思っていた。でも、今の会社に入るころまで定期的に書いていたはてなブログには、語学学習や通訳の勉強の話を書いていたので、通訳翻訳の仕事をやめたらもう書くことがなくなった。先述の通り忙しくなってそれどころでもなくなったし、使うかよくわからないけど楽しそうなものに十数万の大金を払う金銭的余裕もなかった。

そんなことを考えているうちに7年ほど経っていて恐ろしくなった。20代半ばだった私もとっくに三十路を越している。そのときiPadを買っていたらできたことがいろいろあったのではないかという後悔が、たまにうっすら首をもたげる。Appleの公式サイトやAmazonのカートにiPadを追加しては、ウェブブラウザのタブを消すことを、1年から半年おきに3〜4回はやったと思う。そして今週、うんざりするほど長い週次会議の最中、私は天啓を得た。

そんなんだったらもう、買ってしまえ。

思い立った私は勤務後、最寄りのApple Storeに向かった。が、この時点ではまだ私はiPadの購入に多少、ヒヨっていた。買うならば絵を描いてみたいのでスペックもそれなりのものが必要だし、ペンシルも買うつもりだから、そうなったら10万では全然済まない。とりあえず行って現物を見てみたら、という同僚の後押しをうけて、私は足早にApple Storeを目指した。


店舗では親切そうな店員さんが、あちこちでお客に商品の説明を行なっている。私はiPadを探しにきており、商品の説明を聞きたい旨を店員のお兄さんに伝えた。すると、別の方をアサインしてくれた。その方は、目の不自由な方だった。

タッチパネルで操作するような極めて視覚的な端末をどう説明するのだろう、と一抹の不安が頭をよぎったが、それは杞憂だった。私を担当してくれたその店員さんのセールストークは、ユーザーの視点(こういうとき、「視点」とか「目線」という言葉をよく使うけれど、目が不自由な方の話をするときに使うのは適切なのかよくわからない)をよく理解しており、私の質問や懸念に対し、過不足なく答えてくれた。どのような質問をしても、Apple製品への愛情が感じられるような回答をくれるものの、そこまで熱狂的なユーザーでない私にも伝わるよう、他社製品のことや、iPadでなくMacBookのことまで織り交ぜながら説明をしてくれた。
正確な情報を確認しなければならない場面では、手に持ったiPhoneのアクセシビリティ機能を使い、きちんと調べてくれた。こんな使い方ができることを知らなかったので非常にびっくりしたが、画面をタップすると、出ている文字を上から順番にものすごい速さでiPhoneが読み上げてくれるのである。それを注意深く聞き、正しいものを選択し、ページを見たり、カートに商品を追加していく。

「すごいですね」と私が言うと、店員さんは「まあ、他社製品もやってると思いますけどね」とこともなげに答えた。うんざりするくらい言われているのだろう。だとしても、目の不自由な方を、障がい者雇用でありがちなバックオフィス勤務でなく、ストアの前面に出る店員さんとして雇用し、技術の力で接客を可能にしているAppleはすごいと思ったし、とにかくスムーズかつ楽しい接客に感動し、この方から商品を買いたいと思った。そういうわけで、私はiPad  Airを我が家にお迎えした。

購入してから毎日(といってもまだ2日ほどだけど)使っているが、別になくてもまったく困らないものには違いないけれど、明らかに生活が潤った感じがあり、創造的に過ごせていると思う。まず、買った日からイラストアプリをダウンロードして、絵の練習を始めた。普通に紙とペンで書くのとは全然描き味が違うし、使い勝手がわからず苦戦しているが、それでも好きなだけ色を使って、いろいろなペンを使いながら絵を描くのは楽しい。2日目には、料理や皿洗いをしながらiPadで動画を見た。iPhoneより圧倒的に見やすく、嫌いな皿洗いがより楽しくできる。そして今日、この体験を書き残しておこうと、noteに投稿しようとしている。紙の手帳が大好きなので、日記は別途そちらにも書くのだが、どうしてもこの体験を誰かに見てもらいたいと思って、勢いに任せて書いている。もちろんiPadから。

繰り返しになるが、iPadは必要かと言われれば別に全然そんなことはない。でも、こんな三十路越えのいい大人でも、何かクリエイティブで楽しいことを始められるかもしれないという気持ちにさせてくれる。店舗に赴く前から漠然とそういうことができそうだな、楽しそうだな、とは思っていたが、あの接客を受けて、その想像は確信に変わった。紙とペンは確かに私の部屋にたくさんあるけれど、それだけで新しいことを始める一歩を踏み出すことは結構難しいと思う。あの接客を経験して、Appleの技術やiPadは私の気持ちを後押ししてくれるものだ、と思った。

iPadは安い買い物ではないし、必需品でもない。それでも、私のような購入を迷っている人がいたら、ぜひApple Storeに行って接客を体験してみてほしいと思う。Appleの店員さんが購入時にかけてくれる「楽しんでお使いください」という言葉は、ただの常套句ではない。

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