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異界駅日記9『××前』駅

2023/10/31

駅を出ると、皆が俯いて急ぎ足だった。
急いで家に帰っていくのだろうか?
帰りたいと思える家があるのは幸せだと思う。

深夜の空気が冷たい。
そばを荒い運転の車が走り去っていく。
すっかり秋も深まったんだなと実感する。
寒さは嫌いではないが、そろそろ空調の効いた
屋内が恋しくなってくる。

突然視界に、煌々と光るネオンの看板が
飛び込んで来た。
映画で観たことのある、典型的なアメリカの
ダイナー風のお店だ。
さすがに冷えてきたので入ることにする。

客は私を除いて2、3人しかいなかった。
窓際の席に座る。
疲れた目をしたウェイトレスがメニューを
置いていった。

ここ4ヶ月嗅覚と味覚がほぼない状態なので
味の強いものを選ぶことにする。
チーズ・バーガーを頼んで、窓の外を眺めた。

味覚はなくなってもお腹は空くし、
人は何かを食べなくては死んでしまうから
困ってしまう。
でも、五感のうちふたつが消えても
なんとかなるということが分かった。

店内に流れる曲に聴き覚えがあった。
でも曲名が思い出せない。
じっと考えて、サビに差し掛かるところで
ようやく思い出す。
Tacoの「Got To Be Your Lover」だ。

ウェイトレスが巨大なハンバーガーを置いて
いった。味はないけど美味しい気がする。
味がわからなくなって、記憶の中にある味を
思い出しながら食事をするようになった。

深夜に来るにはちょうどいい雰囲気のお店を
たまたま見つけられて幸運だったなと思う。

帰り道はTacoを聴いた。

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