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#22 死産 仕事復帰

仕事復帰
 10月の終わり、8週間の産後休暇を終えて、予定通り復職した。仕事に打ち込めば、きっと日常を取り戻せる、仕事は楽しい、きっとできるはずだと意気込んで復職した。
引継ぎを終えてしまっていたので、私は担当もなく、1人宙に浮いた状態だった。でもそれは仕方がない。こんなイレギュラーはだれも望んでいなかったのだから。なので、年内はチームメンバーのサポートをやります!と言ってみんなに声をかけ、雑用を一手に引き受けた。もともとの業務量と比べたら余裕があったので、来年のプロモーション計画まで密かに作成したりして、産休前と同じように働こうとしていた。

 でもなぜか上手く行かない。みんなから引き受けた事務的な仕事以外、どうも歯車がかみ合わない。しばらくして、「私、空回ってる」と気付いた。きっかけはなんてことのない上司との会話で、会話がかみ合わず半ば言い合いのような体になったこと。私は担当でもない、私の意見は今、必要とされていないと気付いた。

 極めつけは年始の定期異動の発表だった。今の担当になって3年。一から販売戦略を上司と作ってきて、直近は2年連続最高評価だった。だが発表された異動内容担当替え。昇進も見送られた。理由は上司の必要としているマネージャー像と異なるから。妊娠や死産が無ければ、いつもの私なら、冷静に受け止められたと思う。次に向けてのキャリアプランを考え直そうとかそういうポジティブな発想になっただろうと思う。

 でもその年は違った。全部なくしたんだ、と思ってしまった。
不妊治療を初めて3年。趣味のバレエを諦めた、仕事では海外駐在を諦めた。全部自分で決めたこと。それでも失ったものは。治療のために費やした時間、ママになること、タイで夫と子どもと3人で暮らす未来、会社での居場所、仕事で充実した日々。全部霧散してしまった。私は、空っぽになった。どん底の底が見えなかった。

 焦燥に駆られて何か出来ることを、心の穴を埋める何かを探すと、不妊治療の再開が頭に浮かんだ。あと一つ、3AAの受精卵がある。胸に期待があったわけじゃない。精神的にはお世辞にも全く立ち直っているとは言えなかった。ただ、追い立てられるように最後の胚移植を11月に受けることにした。これがトドメになっても、もう構わないと思った。



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