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企業規模別の産業連関表で遊ぼう (01) -- 「産業連関表」ってなんだろう?

 データを楽しむための、気まぐれな連載企画です。

 いつも私のnoteを見てくださる皆さんは、私のことを社会学と定性分析の人間だと理解されていることと思います。確かにその通りなのですが、私にはもうひとつ、中小企業論という専門があります。そちらでは、経済学や経営学に属するテーマを定量的に論じることも求められます。そこで、私の訓練も兼ねて、中小企業にかかわる定量データを分析していこうと思います。




1.  「産業連関表」とは?


 この企画では、「産業連関表」というデータで遊びます。これは経済統計の一種で、10府省庁の共同作業によって5年ごとに作成され、総務省から公開されています。総務省は、産業連関表を以下のように説明しています。

 産業連関表は、作成対象年次における我が国の経済構造を総体的に明らかにするとともに、経済波及効果分析や各種経済指標の基準改定を行うための基礎資料を提供することを目的に作成しており、一定期間(通常1年間)において、財・サービスが各産業部門間でどのように生産され、販売されたかについて、行列(マトリックス)の形で一覧表にとりまとめたものです。

 ある1つの産業部門は、他の産業部門から原材料や燃料などを購入し、これを加工して別の財・サービスを生産し、さらにそれを別の産業部門に対して販売します。購入した産業部門は、それらを原材料等として、また、別の財・サービスを生産します。このような財・サービスの「購入→生産→販売」という連鎖的なつながりを表したのが産業連関表です。

総務省, "産業連関表とは" 🔗   

 これは素晴らしく簡潔な説明ですが、これだけで産業連関表をイメージできる人間はおそらくニュータイプか何かでしょう。ここでは、何かすごい統計資料があるんだな、とだけ感じていただければ結構です。「10府省庁の共同作業によって5年ごとに作成」という情報からも、国家公務員たちの気合の入り方が尋常ではないことが伝わってくると思います。

 さて、こちらに産業連関表の例を用意しました。ここに表されている経済は、たった3つの産業から構成されています。なにやら数値が詰め込まれていますが、いったいどのように読めばいいのでしょうか。

この表を見て引き返そうとした、あなた!
大丈夫、怖くありません。
もう少しだけ、読んでいきませんか?

筆者の心の声


2.  「産業連関表」のしくみ


 こういうものは、産業連関表の構造を文章で説明するよりも、実際に情報を読み取って見せるほうが早いのです。さっそく、やってみましょう。

 産業Aは、産業Bと産業Cから原料を購入しています。この1年間で、産業Bからは原料を10,000円で購入し、産業Cからは原料を6,000円で購入したので、仕入総額は16,000円でした。そして原料を加工して製品を作り、それを販売することで、20,000円の売上が発生しました。すると付加価値額は、仕入総額と売上総額の差分ですから、4,000円になります。

 つまり、産業Aは、16,000円の原料を20,000円の製品へと加工することによって4,000円の付加価値額を生み出しているわけです。この付加価値額が、企業や人間、国家へと分配されます。企業の取り分が「営業利益」、人間の取り分が「給与・賃金」、国家の取り分が「納税」と呼ばれます。

 続いて、産業連関表をヨコ向きに読んでみましょう。産業Aで生産された20,000円分の製品は、産業Bに5,000円分だけ購入され、産業Cに12,000円分だけ購入され、一般消費者に3,000円分だけ購入されました。こうして、合計すると20,000円分の製品が消費されたことになります。この例では、製品の輸出入がないものと仮定しているので、国内生産額と国内消費額が一致していますね。閉鎖経済というわけです。

 ここまでは大丈夫でしょうか。見かけほどは難しくないと思います。産業連関表をタテ方向に読めば、それぞれの産業の会計表が見えてきます。そしてヨコ方向に読めば、それぞれの産業のお客さんが見えてきます。

 結局のところ、産業連関表というのは、産業と産業のつながりをすべて記述することをとおして、経済の全体を把握するものなのです。産業Aの製品が産業Bで使われ、産業Bの製品がまた産業Aで使われ、産業Aの製品が今度は産業Cで使われて消費者に届く、というような経済のダイナミクスが浮かびあがってきますね。

 最後にもうひとつ、「付加価値総額」と「最終需要総額」に注目しておきましょう。表の赤枠で示した金額が9,000円で一致していますね。これこそが実は、GDP(国内総生産)なのです。

 付加価値総額と最終需要総額は、必ず一致します。その理由を説明しましょう。輸出入がないとき、国内生産額と国内消費額は一致します。そして定義上、中間投入総額と中間需要総額も一致します。そのため、国内生産額と中間投入総額の差額と、国内消費額と中間需要総額の差額は、ぴったり一致するわけです。これがGDPと呼ばれる指標の正体です。

 付加価値額は、営業利益や賃金、納税額の源泉ですから、その総計が経済指標として大きな意味をもつことにも納得がいくでしょう。また、最終需要総額についても、人々の生活費や娯楽費を総計した値ですから、これが経済の活動状況をはかる指標として申し分ないことが理解できるはずです。産業連関表をとおして経済を見ると、GDPが立体的に見えてきますね。

本当はもっとたくさん解説したいことがあるのですが、この企画のコンセプトが「データをたのしむ」なので、ここでやめておきます。いや、私は投入係数分析とか生産誘発依存度分析とかも好きですよ。せっかくデータが行列形式で与えられていますからね、いろいろと応用が利くわけです。

筆者の心の声


3.  「産業連関表」のココがすごい!

(1) 経済の全体を見渡せる!

 経済の全体を見渡せること。すなわち、GDPの出どころが分かる、と言えば分かりやすいでしょう。どの産業がどれくらいの付加価値額を生み出しているのかを把握できると、日本経済に対する解像度がぐっと高まります。生活者からは「最終需要総額」としてのGDPしか見えませんが、産業連関表を使えば「付加価値総額」としてのGDPが分かるのです。

 どの産業がどれくらいの付加価値額を生み出しているのか。あるいは、どの産業にどのくらいの付加価値額が分配されているのか。前者は新自由主義的な把握で、後者はマルクス主義的な把握です。どちらの把握が正しいか、という論争には加担しません。ここでは詳述しませんが、どちらの把握も、それぞれに正しさを有しているのです。

(2) 産業のつながりが分かる!

 産業連関表をながめていると、たとえば、「農業」で生み出された小麦が「製粉業」に投入され、小麦粉が「製麺業」や「製パン業」に投入され、生み出された商品が「商業」に投入されたり、あるいは「学校給食」や「一般飲食店」に投入されたりする様子がうかがえます。

 私たちは、経済を〈企業の集合体〉としてイメージしがちです。確かにそれも間違いではないのですが、経済をイメージする方法はそれだけではありません。もうひとつ、〈取引の集積体〉としての把握もできるのです。産業連関表は、企業と企業との「あいだ」を積みあげることによって経済全体を浮かびあがらせるような、新たな視角に私たちを導いてくれます。

(3) 未来予測に使える!

 たとえば補助金政策を考えるときには、限られた資金を用いて最大の効果を生みださなければいけません。産業はつながっていますから、特定の産業に補助金を出せば、他の産業に波及効果が生じるわけですが、その波及効果の程度はさまざまなのです。そのときに産業連関表があれば、それぞれの産業における補助金の波及効果を予測することができます。経済政策の形成には産業連関表を用いた未来予測が不可欠です。

 補助金ではなくても、経済で「もし、こうなったら?」を実験できるのが産業連関表です。たとえば、「もし、円安/円高になったら?」「もし、人件費が増大したら?」「もし、価格競争が激化したら?」など、さまざまなケースを想定することができます。

(4) 残酷なまでに生々しいデータ!

 産業連関表を分析すると、本当にいろいろなことが分かってしまいます。たとえば、付加価値額の内訳にある「賃金」のデータと、産業ごとの「雇用労働者数」のデータを組み合わせると、それぞれの産業の「平均賃金」が分かります。多くの中小企業や自営業主は、営業利益や平均年収を公開していませんが、産業連関表を使えばそれらを推定できてしまうのです。

 産業連関表を見ていると、生々しいデータや興味深いデータがたくさん出てきます。直感に反するデータも、もちろんあります。この連載企画では、そのようなデータを紹介していこうと思っています。

少々詳しく書きすぎたかもしれません。まあでも、手加減されても読み手はきっと面白くないでしょう。書き手に求められるのは手加減ではなく(それと表裏一体の)配慮です。産業連関表の秘める可能性を、すべて見せてしまうのではなしに、芳醇に香らせることができたでしょうか。

筆者の心の声


4.  中小企業庁の「規模別産業連関表」


 総務省が5年ごとに作成している産業連関表では、大企業と中小企業が区別されていません。たとえば「機械工業」であれば、そのなかにパナソニックやキヤノンといった大企業と、東京都大田区や大阪府東成区にある町工場が、どちらも含まれてしまうのです。

 そのようなデータであっても使い道はたくさんあります。しかし、少なくとも賃金水準やサプライチェーンに興味がある私のような人間にとっては、大企業と中小企業を区分してこそ意味があるのです。

 実は、大企業と中小企業を区分した産業連関表がひとつだけあります。中小企業庁が公開している「規模別産業連関表」🔗です。なぜか2005年のデータだけ、中小企業庁が総務省のデータを再編加工していますね。

 詳しい事情は分かりませんが、おもしろそうなデータがあるのなら分析してみるのが人間というものです。データは少々古いですが、産業構造は比較的安定しているので、現在でも示唆に富んでいるはずです。

「規模別産業連関表」の一部
900行×700列というイカれた行列である

中小企業庁の方々には、本当に感謝しかありません。よくこれほどのデータを作成してくれました。でも、そろそろ新しいデータが欲しいなあ。2005年が「最新」というのは、ちょっと古さを感じます。比較もしたいからね。

筆者の心の声


5.  大企業/中小企業でまとめてみると?


 今回は「産業連関表」の紹介なので、実際のデータにはあまり深入りしません。しかし、せっかくですから、大企業と中小企業を区分した産業連関表を少しだけ紹介します。

産業連関表〔2005年、企業規模別・業種別〕
(データの加工は筆者による)

 大企業と中小企業を区分して整理した産業連関表は、極めて貴重です。中小企業論や計量経済学の論文ですら、ほとんど見たことがありません。研究者の皆さんは、もしかしたらデータの存在を知らないのかもしれませんね。

 データについて言及したいことはいろいろあるのですが、まずは、大企業と中小企業で、従業者一人当たりの付加価値額がまるで違うことに注目すべきでしょう。製造業だと、大企業では1,829万円/人ですが、中小企業では半分以下の594万円/人です。商業・サービス業だと、大企業では736万円/人ですが、中小企業では432万円/人です。付加価値額は賃金の原資なので、付加価値額のが賃金の格差となって表れるわけですね。

 中小企業白書には、従業者一人当たりの付加価値額が、企業規模別・業種別の「労働生産性」と呼ばれて掲載されます。しかし、掲載されるのは結果の数値だけで、その背景にある「中間投入額」や「付加価値額」は出してくれません。中小企業庁は、企業の生産性が〈一人当たり付加価値額〉だけだと認識しているのでしょうか。たとえば〈中間投入額当たり付加価値額〉も立派な生産性指標であるはずなのに、それに言及しているところは見たことがありません。まあ、クレームはここまでにしておきます。

《3.「産業連関表」のココがすごい!》でも言及しましたが、経済の把握の仕方は、〈企業の集合体〉ではなく〈取引の集積体〉としても可能です。もし後者の立場をとるなら、「生産性」という概念は再考を余儀なくされるでしょう。今こそ、制度経済学あるいは経済社会学が復活するときです。

筆者の心の声

* * *

 第1回は、この辺で終わりといたしましょう。

 産業連関表の世界を、楽しんでいただけましたでしょうか。初めはこんな文字数を書くつもりではなかったのですが、ついつい筆が乗ってしまいましたね。産業連関表のおもしろさは、まだまだこんなものではありません。ぜひ、次回以降の連載も見ていただけると嬉しいです。

 気まぐれな企画ですから、次回があるかは分かりませんが。

 それでは、またお会いしましょう。




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