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ORIGAMI 1

大学のとき、詩人でもあった老教授が「最近の学生は酒も飲まなきゃタバコも喫わない、麻雀もパチンコもやらないって、ふだん何してんの?」といったことがある。もちろん以前にはなかった文化現象が次々生まれ、その速度もますます早くなっているのだから、前の世代が知らない楽しみを若者は享受しているので、心配するようなことではないのだけれど。

ただし同世代からしても自分にはそれなりに当てはまる指摘だな、という気はした。好きなこと、時間を忘れ没頭することはあるのだが、他人と共有できるものではないし、共感もされないことばかりだから、他人から見れば「ふだん何してんの?」だろう。つまりふつうの〈趣味〉や〈オタク〉的なカテゴリーに入ることをあまりやらないのだ。○○オタクとは、以前は趣味と呼ばれなかった対象に熱中する人々が今や大きなコミュニティを形成するもので、むしろメジャーなものだろう。ところは自分が熱中するものといえば例えば〈本の補修〉だが、これはとてもコミュニティを形成するというわけにはいくまい。これについては改めて書くことにして、何とか世間的にも〈趣味〉と認識されるようなものを自分の中に探すと、とりあえずは〈おりがみ〉だろうか。

幼少のころから手先は器用だといわれはしたが、特におりがみに熱中した記憶はない。本格的に始めたのは二十歳前後で、大学のときにたまたま手に取った『ビバ!おりがみ』という本がきっかけだった。

前川淳/作 笠原邦彦/編・著『ビバ!おりがみ』(サンリオ)

表紙の真っ赤な「悪魔」の印象は鮮烈だった。迫力ある表情と恐ろしげなポーズ、その手にはちゃんと五本の指がついているのだ。これが一枚の紙からできているというのは信じがたかったが、作り方を見ると確かに一枚の正方形の紙を切ったり張ったりせずにただ折るだけで作られている(これを〈不切正方形一枚折り〉という)。ただし初心者には気の遠くなるような折りの手数を必要とする。

この本がそれまでのおりがみの本と違っていたのは、まず最初にすべての折り線が記された展開図が示される点だ。ふつうおりがみの作り方というのは「まず半分に折ります」といったかんじで、例えば対角線に山折りなり谷折りなりの線を一本記し、順々に次の折り手を示してゆくものだ。ところがこの本では完成した作品を一度展開し、出来上がった際につくすべての折り線を示すのである。これは前川淳氏の〈設計〉という考え方に基づく。

展開図を見てわかるのは、特に生き物(空想上のものを含む)の場合に顕著だが、頭、手足、尻尾など、その造形の特徴的な部分が紙の他の部分に影響を与えずそれぞれ複雑な構造を形成している。これをフラップと呼ぶが、数学でいえば独立変数になっているわけだ。だから悪魔の五本の指も、それだけを独立させた〈片手〉や〈両手〉といった作品も掲載されている。とりあえずその片手と両手を折ってみて、確かに五本の指が折り出せることを納得はしたが、自分にはまだ〈悪魔〉が折れるとはとても思えなかった。そこでまずはこの本に載っているいろいろな動物を折ってみることにした。

最初に折ってみたのは〈リス〉だった。今回のために久しぶりに作ってみたが、まだちゃんと手順を覚えていた。

大きくカーブした尻尾が特徴的だが、編者の笠原邦彦氏も言うように、このちょこんと出たかわいらしい手を折り出すのはかなり技巧的なものだ。その後〈フタコブラクダ〉や、ポケットから子供が顔を出す〈カンガルー〉など、一枚の紙から折り出される世界に魅了され、動物を中心にいろいろなものを作って楽しんだ。今でも勤務先の受付に、梅雨時はカタツムリ(ただしこれは伝承おりがみ)、クリスマスにはサンタとトナカイなどを作って置いている。トナカイの複雑な角に感心し、写真を撮っていく人もいるらしい。

前川氏のおりがみにおける〈設計〉という考え方は世界中のおりがみ作家に影響を与え、おりがみが ORIGAMI になるきっかけの一つとなったのは間違いない。

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