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スーパーでよく見るアレの名前を予想して、その正体に意表をつかれる。
レジ袋有料化のせいで、精算時に余計なひと手間が増えた。店員はいちいち購入の意図を確認する羽目になり、我々はそれに回答する。本来不要のわずかなやりとりは、全国レベルで大きく生産性を落としている。さすがにスーパーでは、確認される事は無くなってきたが、その代わり自身でその意思を表明せねばならない。大抵のケースでは、レジ前に置かれたレジ袋の束から、必要な分を自分で買い物カゴに入れる流れだ。そこで問題が生じる。
上手く取れない。
私が通うスーパーでは、レジ袋はワイヤーに、二つ折りで掛けられた状態で設置されている。取る際は、その折り返し部分を指でつまみ上げるのだが、どうしても一枚以上つまんでしまう。レジは大抵他の客も並んでいるので、モタモタする訳にもいかない。
『アレ?これ2枚重なっているよな…』
と思いつつカゴに入れると案の定、
「2枚でいいですか?」
と店員さんに確認される事となる。
本当に、余計な確認だ。店員さんにも申し訳ない。
そう思いつつ、今日などは、3枚もつまんでしまった。
「3枚ありますけど…」
店員さんは、どう考えても1枚で十分である事を承知している。カゴの中身をわかってるのだから。それでも、わずかな可能性を考慮して確認してくれる事に罪悪感を感じる。そして、精算後になんとなくレジ前を振り返ると、ある事に気づいた。私の後の客が、レジ袋の設置スペースで何かを触っている。
アレだ。
オレンジ色のピンポン玉で指を濡らすやつ。
予めアレで指を濡らす事で、レジ袋がつまみ易くなる。
我ながら不覚だった。
アレの存在に気づかないとは… アレはレジ袋の上部に置かれている。胸の高さ位ではあるが、下のレジ袋しか見ておらず、今まで気づかなかったのだ。
とはいえ迂闊だった。今後は、アレを使う事にしよう。と、思いながら当然の様に、ある考えに思い至る。
『アレの名前って、なんだろう…』
世の中には、その存在を知っているのに名前を知らないものが、実は結構ある。そう考えると名前というのは不思議だ。自分以外の人間に伝える必要がない場合、名前はなくても困らない。しかし私は、その事を文字で表記しようとしている。最後まで「アレ」で通すのは流石に具合が悪い。この機会に調べてみよう。
えっと。検索ワードは…
いや、ちょっと待て。
なんでも安易にネットで調べるのは、現代人の悪いクセだ。特に私は、気になるとすぐになんでも調べてしまう。これは、典型的なスマホ依存と言っていいだろう。
いい大人が、たかだかレジ袋の滑り止め如きで、その名前をチマチマ調べるのも情けない。ここは、アレの名前を推測してみようじゃないか…
*
まず、真っ先に思い浮かぶのはこれだ。
①指濡らし器
まあ、まんまそのままだが、これではあまりにも芸がない。そして字面もなんだか微妙だ。官能小説にでてくる小道具に聞こえない事もない。もっと呼びやすいのがいいのか…
②レジ袋ボール
「袋」と「ボール」が並ぶだけで、これまた小学生が喜びそうなゴールデンボール感がでてしまう。「指」「濡らす」「袋」「ボール」の中で健全さを保てる組み合わせは無いものか。
③指ボール
これはシンプルでなかなか良い。指でボールを触る様を端的に表している。しかし、いかんせん用途、目的が全く含まれていない。これだけ聞いたらなんの道具かわからないだろう。「濡らす」は使いたくないから、英語かな…
④フィンガーウェッター
指を濡らす=WETでウェッターとしてみたが、いささか強引だろうか?カタカナの字面もスッキリしない。そもそも指を濡らすのは手段であって目的ではない。という事は…
④レジ袋アシストボール
少し長いが悪くない。袋とボールも、隣接しなければOKだ。そしてアシストという言葉の響きが、ボールとマッチする。サッカーのおかげで『レジ袋を取り出すのをアシストする』という目的も、自然に伝わるだろう。しかし、使われているのは、残念ながら卓球の球だ…
⑤つまめる君
スーパーで良く聞く、あの曲を流すあのマシンが「呼び込み君」である事は、周知の事実だ。アレを開発した会社が、それを知らないはずはないだろう。『店長、つまめる君の置き場所、ここでいいですか?』などと現場で発話しても違和感がない。だが、意表をつかれる事を想定して更にシンプルなパターンも出しておこう。
⑥ピンポン玉
これは意外にありえるのではないか。実際、アレはどうみてもピンポン玉だ。もちろんそれをホールドする台座も重要だが、あくまで主役はピンポン玉だ。スーパーに卓球台は置いてないから、本当のピンポン玉と誤認する事はないだろう。いや、さすがにこれはストレート過ぎるか。…えーと…アレの構成要素でまだ出てないものは…水だ。
⑦水ピンポン
これもありえるな…。ピンポンの前に何かを足すというパターンなら他に…
⑧濡れピンポン
「濡れ」を復活させてみたが、これもいい… 『濡れおかき』みたいでスーパーにもぴったりだ。まだあるかな…
いや、このあたりにしておこう。
もう、色々考えたら正解が知りたくなってきた。流石にもう、調べてもいいだろう。
えーと…検索ワードは…
『スーパー レジ袋 滑り止め」
アレ?『滑り止め』でいいんじゃないか?
危ない危ない
⑨滑り止め君
これを追加だ。どれどれ…
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え…?『メクボール』?
メクって、まさか「めくる」の事?
おや、コンパクトタイプもあるのか…
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『紙めくり』…
レジ袋じゃないのか
そして、商品のカテゴリーは「文房具」
そういう事ね…
スーパーのレジ袋が有料化になったのは、わずか4~5年前。われわれが、アレをスーパーで見かけるようになってから、まだ日が浅い。それでも、スーパーでアレが目に入る機会が増えるにつれ、我々はアレを「レジ袋を取り出す為のアイテム」だと思い込んでしまった。世の中に、一枚づつめくらねばならないものは、他にもある。それが、オフィスにおける伝票などの帳票類だ。その需要は、スーパーのレジ袋などとは比べ物にならなかっただろう。だから「メクる」を名前にしたのだ。レジ袋だけなら「メクる」とは言わない。思い返せば、パソコンがまだ普及していない時代、経理さんのデスクに、アレがあったような気がする。
アレは元々、文房具だったのだ。そしてオフィスワークのデジタル化にともなって、レジ袋での活用の方が主になった。しかし今更、名前を変える訳にはいかない。
それが『メクボール』だ。
そして、一般名称は『紙めくり』
私の予想は、意表をつかれた形で、外れる事となった…
*
しかしまだ疑問は残る。スーパーの人達は、本当にアレを「メクボール」などと呼んでいるのだろうか?
「店長、『メクボール』の置き場所、ここでいいですか?」
なんか変だ。現場で呼ぶときは一般名称のほうがいい。
「店長、『紙めくり』の置き場所、ここでいいですか?」
いや、用途が紙じゃないのでこれもおかしい。
やはり実際はこうではなかろうか?
「店長、『滑り止め』の置き場所、ここでいいですか?」
これのほうが、はるかに自然だ。
「店長、『ピンポン』の置き場所、ここでいいですか?」
このような、通称呼びも考えられる。
しかし私には、それを確認する術がない。
スーパーマーケットに務めてかつ、こんなくだらない事を聞ける知人は、私にはいない。
どなたかご存じの方は、お教えいただければ幸いです。
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