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わかりにくい人は、嫌いな人の表明にたっぷりと時間をかける。


「ちょっと相談があるのですが、別室でお願いでしますか?」

神妙な面持ちで、部下が話しかけてきた。人に聞かれたくない事でもあるのだろうか。別室に移動して話を聞く。

「実は、ヤマダさんが私のことを嫌っている様でして」

ヤマダさんは彼と同じ私のチームのメンバーだ。
2人にいざこざがあるようには見えないがどういう事だろう?

「嫌ってるとはどういう事かな?」

「言い方でわかります」

そんなもんかな? 

「言い方って例えば?」

「私に対して『こんくらいでいいっしょ?』とか『あとでいいっすか〜?』とか言って来るのです」

今ひとつ理由が弱い。ヤマダさんはいわゆるパリピ系のフランクなキャラで通ってる。

「ヤマダさん、いつもそんな感じじゃない?」

「いや、部長に対しては猫を被ってるだけですよ」

「そうなのか…」

「私は彼を嫌ってないのに…困ってます」

確かに、人によって態度が変わるというのは分からないでもない。

「まだあります」

まだあるのか

「私の事を悪く言ってるらしいのです」

「誰から聞いたのかな?」

「経理部のタナカさんです。私に対して『あのが人いたら、オレがダメなやつに思われるんだよね〜』と言ってたと」

確かに彼はヤマダさんよりも仕事ができる。
ある意味事実を言ってるだけにも聞こえるが。

「それ、悪口なのかな?」

「どう考えても悪口でしょう。私がいなくなればいいと言ってるわけですから」

「そんなもんか…」

「はい。私は彼の事をなんとも思っていないのに、なんでこうなるのかと…」

ヤマダさんが彼の能力に嫉妬しているのは確かにありえる。

「まだあります」

まだあるんかい。

「ヤマダさんは、タナカさんにも私と同じような言い方をしているらしいのです」

だんだん話が見えなくなってきた。

「それで?」

「なのでタナカさんもヤマダさんが苦手らしいのです」

「はあ」

「ちなみに営業部のスズキさんも、ヤマダさんの事がはっきり苦手だと」

当人がヤマダさんに嫌われているという話しはどこにいったのだろう。

「で、相談とはなんなのかな?」

「このままではヤマダさんがみんなに嫌われてしまいますし、周りの方にとっても良くありません」

「そうか…」

組織全体の和が乱れるのは、確かに問題だ。ヤマダさんには今度それとなく言っておこう。

で、念の為途中から気になってた疑問を問う。

「あなたがヤマダさんを嫌ってる訳ではないよね?」

「そんな事はありません。私はいいのです。私は彼のことをなんとも思ってないので」 

そうか。私情ではなくやはり組織を思っての提言か。ありがたく受け止めておこう。


「でも彼の話し方はどうかと思います。そもそもオフィスであんな言い方はしないでしょう?私に対して、陰口を言うのもどうかと。それなら仕事で成果を出すべきでしょう?もっと言えば時間にルーズなのもどうかとおもいます。ゴミを捨てる時に、微妙な距離から入るかな〜って感じて投げているのも気になります。大抵外してますし、自分の部屋じゃないんですから。女子社員に手を出そうとしてる事も聞いてます。しかも既婚者ですよ。モラル的に問題ありでしょう。ちなみに私と彼は波長が合いませんが、そんなことはどうでもいいのです。ちょっとしたことで腹が立った事も何度もありますが私が我慢すれば済むことです。そう、私は彼を何とも思っていません」



この世で最もヤマダさんを嫌う人間が目の前にいる。


「私はヤマダさんが嫌いです」

たったこれだけの事を伝えるのにここまで時間をかける人は実在する。

わかりにくい人は、嫌いな人の表明にたっぷりと時間をかける。

我々は翻弄されるしかないのだろうか。

いや、方法はある。当人以外の「こう思っている」には耳を貸さない事だ。自分以外の人が誰かを嫌ってるかどうかなど、本当の事はわかりようがない。

「ヤマダさんに嫌われてます」と彼に言われた時点でこういえば良かった。

「それってあなたの感想ですよね」

つくづく実用的な名言だ。


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