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裏紙再利用の目的は、コスト意識の醸成だけでは無かった。
「おはようございます!本日の清掃は、裏紙だしを行いま〜す!」
入社2年目のオオノさんがテキパキと場を仕切る。
「では部長はこちらの束から、お願いしていいですか?」
オオノさんから、A3サイズの用紙の束を渡される。当社では毎朝、役職問わずに全員で掃除をする文化がある。今日は出張で別支社にお邪魔しているので、いわば私はちょっとした部外者だ。そして、今朝のタスクはコピー用紙に使う為の裏紙だし。そしてここの一員でない私には、裏紙を選別する使用済みの用紙がない。オオノさんは、私に仕事を与えてくれてる訳だ。
しかし今時、裏紙だしとは…
▪️裏紙の再利用は、明らかに不合理
コピー機の裏紙利用が、非効率であることはまともに考えればすぐわかる。確かに裏紙を再利用すれば、用紙代の削減にはなる。しかし裏紙の選抜には時間がかかる。仮に一枚選ぶのに10秒かかったとして、1時間で360枚。A4コピー用紙500枚の価格は約500円だから、360円分の削減効果しかないのだ。当然、社員の人件費は時給360円ではきかない。そして、仮に購入費以上の削減効果があったとしてもやるべきではない。従業員の時間を本業以外に充てるのは、経営的にも明白な損失だ。
▪️それでも尚、裏紙だしを続ける理由
とはいえ、全員で一斉に『裏紙だし』をするのは、それなりの意味がある。資料や書類の整理という側面もあるし、何よりもコスト意識の醸成だ。下手したら1円に満たないコピー用紙1枚を、大切に再利用する意識。そのマインドは、その他の備品購入や仕入れ交渉の場でも発揮されるという訳だ。経営とは、数字の合理性だけが全てではないのだ。
▪️裏紙だしが、『裏紙切り』に進化
『あれ、意外に裏紙が少ないな…』
選別を始めてからすぐ気づいたが、既に両面印刷済みのものがとても多い。裏紙利用が徹底されたら必然的にこうなるという事か。この支社は、他よりとりわけコスト意識が高い様だ。それでも、片面が印刷されてない用紙を十数枚選別したあたりで、オオノさんから指摘が入る。
「あ、部長。その用紙は半分に切って下さいね」
切る?
どういう意味だろう?
「半分に切って、A4の用紙にするんです」
ああ、なるほど。大判の印刷物を手がける当社では、A3サイズの出力が非常に多い。校正チェックで蛍光マーカーを使うので、紙出力の必要があるのだ。それに対して、A4サイズの出番は少ない。そしてA4コピー用紙の一枚単価は、A3サイズの一枚単価の半分よりも割高だ。結果として、再利用のコスト削減効果はより高まるという訳だ。まあ、その時間で費やす人件費はそれより更に高くなるが…
ひと通りカットが終わり、今度は両面印刷済みの用紙を不要BOXに仕分けしようとすると、オオノさんから再度呼び止められる。
「あ、部長。その用紙、まだ使えますよ」
まだ使える?
どういう意味だろう?
どう見てもこのは用紙は、両面に印刷されている。
「裏面に、A4分の余白があるじゃないですか。そこをカッターで切り出せば、A4で使えるんです」
切り出す?
意味が、一瞬分からなかったがよく見ると裏面に余白を多く残した用紙がある。前回の修正箇所だけをチェックする場合は、大きく余白が出る事があるのだ。
「ホラ、よく見て下さい…。こうやってA4の紙を重ねると…ギリギリですけどA4分の余白があるでしょう?」
確かにそうだが…その為には上下左右を4回カットする必要がある。正確な角度やサイズで切り出すには、急いでも1分以上かかるだろう…流石にこれはやり過ぎではないのか?
とはいえ、支社には支社のルールがある。そして何事もトライだ。幸いにもアナログ時代の経験でカッターの扱いには慣れている。よし…やってやろうじゃないか…
*
《デジタルネイティブに欠けているマインド》
「はい。10分経過しましたので、今日の裏紙だしはここまででーす!お疲れ様でした〜」
オオノさんの掛け声で裏紙タイムは終了。本日の私の成果は、切り分けと切り出しを含めてA4サイズ30枚分といったところか。私のカッティングスキルもまだ衰えていない。
「部長。お疲れ様でした。再利用分の裏紙は私が預かりますね… え?こんなに切ってくれたんですか?しかもすごくきれいじゃないですか…」
褒められて悪い気はしないが、当然だ。デジタルネイティブ達とは、紙扱いの年期が違う。
「すごいじゃないですか!部長、裏紙職人ですね。また、お願いしますね〜」
なるほど。
一見不合理に見える裏紙だしを続ける、もう一つの理由が分かった。
コスト意識の醸成だけが目的なら、切り出し作業などは明らかにやり過ぎだ。ここの支社長も、そこまで愚かではあるまい。
だとすれば、裏紙出しの紙切作業には、切るという行為と、その技術自体に意味がある。
カッターと定規というアナログツールを手で操り、紙という物質を正確に切り分ける。それは、デジタルネイティブ達に欠けている身体的な感覚だ。そしてその感覚はクリエイティブに携わる人間に必要なあるマインドに直結する。
それは職人気質。
『裏紙だし』のもう一つの目的は、クラフトマンシップの醸成だった…
ピー!ピー!ピー!
お、コピー機からアラートが、鳴ってるな…
もしかして紙づまり?
「おかしいな?ここ1ヶ月紙詰まりなかったんだけど…おーい、オオノさ〜ん。今日の裏紙切りって誰が担当した?切り方が揃ってないから詰まりまくってるよ…」
オオノさんが私を売ることはあるまいが、これで彼女も分かっただろう。
裏紙だしなど、止めた方がいい。
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