過食嘔吐で歯を失わないために:歯科衛生士が教える実践アドバイス
過食嘔吐で悩んでいらっしゃる方へ
食事のこと以外で知って欲しいことがあります。歯科衛生士の私が出来ることは「この記事に目を止めてくれた人の歯を守ること」です。
5分だけお付き合い下さい。
私の歯科医院に、20代ですべての歯が嘔吐により歯が溶けてしまった患者さんがいました。
彼女の主訴は虫歯でした。
初診の日「ずいぶん虫歯が多いな」と感じました。
虫歯の治療を先延ばしにして、取り返しがつかなくなってから来院する方は一定数いらっしゃいますが、それにしても虫歯の数がほぼ全部だったので記憶に残る患者さんでした。
Bさんはどの歯も半分くらい虫歯になってしまっており、全ての歯の神経の治療をしました。
来院した日に1本の虫歯の治療が通常ですが、崩壊しているといった口の状態だったので、1度に3~4本は治療していたと思います。
人当たりが良くて甘えん坊といった性格の子でした。
歯がボソボソに軟らかくなっていたので、土台になる歯はなんとも心もとなく、土台として使えなかったので、上下とも、全ての歯が一体化した被せものになりました。
(※全部繋げてしまうと、部分的に歯の治療が必要になると全て外さなければならないので、通常ロングブリッジは好まれません)
Bさんと話す機会が多くなり、失恋から食べられなくなり、その後、過食嘔吐になったことがわかりました。
胃酸のPHは2
PHというのは数字が低いほど酸性度が高いのですが、PH2の食べ物はレモンに相当します。
歯が溶けるのはPH5.5です。
自覚症状は
・歯が透けたような感じ、薄くなった感じ
・しみる
・黄ばんだ色をしている(エナメル質が溶けて象牙質が透けて見えるため)
・詰め物が取れる(歯が溶けたことにより、詰め物が取れてしまう。詰め物の隙間から新たに虫歯になる)
しかし、勇気を出して歯科受診に行ったのに、生活習慣を根掘り葉掘り質問されることが耐えられなかった例や、他の患者さんに内容が漏れ聞こえてしまう恥ずかしさ、治療した歯が虫歯になって20回も同じところを治療した例、治療ができないと断られた例が論文に症例報告がありました。
こんな状態では自分の歯を守りたくても、頼りにした歯科医師が勉強不足であれば、治療を繰り返すだけです。
私が提案したいのは、摂食障害に理解のある歯科医院を探すか、受診している心療内科や精神科の医師に紹介してもらうことをお薦めします。
一般的に名医と言われる歯科医院であっても、摂食障害の知識が浅ければ、嘔吐の対策をしてもらえないし、再発防止策のアドバイスが不十分だからです。
酸から歯を守る方法
紹介するのはエビデンスのあるものですが、2024年現在、摂食障害と歯の論文は少ない上に、対象者が10名前後と少ないデータしかありません。
でも、協力してくださった一人ひとりの過食嘔吐の方がいらっしゃってのことで信憑性の高い貴重な情報になり得ると思います。
方法は5つあります
1.うがい
2.歯磨き
3.フッ素
4.ガム
5.マウスピース
1.うがい
これは2つ理由があります。
①嘔吐後になるべく早く酸性度の高い状態を中和する
②嘔吐したものが残らないようにする
風邪予防の喉のうがいではなく、ブクブクうがいです。
うがいの仕方は、歯と歯の間に水が十分通るように、強めの水流を意識して下さい。特に影響を受ける「上の前歯の表側」に水流がいくようにしっかり意識します。1回ではなく3回程度、水を変えて同じようにします。
牛乳うがいについて
嘔吐後の胃酸を中和して酸性環境を緩和します。
うがいとして使うのが効果的で、飲み込み必要はありません。
牛乳にはカルシウムやリン酸が豊富に含まれています。
これらは歯のエナメル質を修復する「再石灰化」を促進するため、酸によって失われたミネラルを補うことができます。
牛乳はpH 6.7で酸性環境を中和する効果が期待されます。
Journal of Dental ResearchやCaries Researchなどの学術誌で、一部の研究が「牛乳摂取後は酸性飲料(例: オレンジジュース)のエナメル質侵食を抑える効果が見られた」と報告しています。
ただし、これらのエビデンスは限定的であり、牛乳がどの程度効果的かは、使用状況や個人差によります。
WHOやFDI、ADAなどの機関では、牛乳が酸蝕症の治療法として直接推奨されているわけではありませんが、科学的根拠に基づく方法の一つとして検討されています。
2.3歯磨きとフッ素
気を付けていただきたいのは3つです。
①嘔吐直後は強く擦らない
細かく優しく磨きます。
②すぐに磨かない。
嘔吐後の「酸」でダメージを受けている歯は擦ることで傷つきます。
唾液による再石灰化の時間は30分なので、30分後に擦るようにします。
ただし、私個人としては、上前歯の表側には30分で再石灰化されるほどの唾液が行き届かないため、待つ必要はないと考えています。
なぜなら、下の奥歯の舌側は唾液で覆われていて損傷している人が少なく、前歯の表側は酸の影響を受けている人が多かったからです。
うちの母は「はっさく」の収穫期のみ毎食食べていたので白濁しており、他の歯の影響はありませんでした。
白濁はこれです。
30分待つのは下の奥歯には有効と考えますが、歯の生えている場所によっては、待つことで酸が停滞してしまって影響が出ると考えます。
③フッ素配合歯磨き粉➕研磨剤の入っていない商品を選ぶ。
ウエルテックコンクールジェルやLIONチェックアップが、フッ素1450ppm配合で研磨剤ナシです。
国によっては4000ppmの歯磨き粉を処方してもらえますが、日本の歯磨き粉は1500ppmが上限です。商品上、一番高い濃度の1450ppmと表記してあるものを選びましょう。
これを全部の歯に行き渡るように使います。
最初だけ濃度が高く、最後に磨くところが薄くならないように気を付けて下さい。
ジェルタイプは歯ブラシの中へと入ってしまって、肝心の歯に行き渡らない可能性があるので、付けた量がきちんと歯に届くようにして下さい。
夜寝る前の嘔吐に関しては、就寝時に唾液量が減るため、フッ素の洗口液で全ての歯をコーティングするようにゆすぐと良いです。
歯科受診の時は、歯石を取ることよりも、歯を守る対策をしてもらいます。
歯科医院で塗るフッ素は9000ppmですから、日々の歯磨きに加えて高濃度のフッ素を定期的に塗ってもらいます。
この時、勉強不足の歯科衛生士に粗い研磨剤でクルクルと研磨されないように酸蝕歯であることを伝えると良いでしょう。
フッ素塗布の持続期間は3~4ヵ月ですが、過食嘔吐の場合、毎月の定期検診やフッ素塗布は1ヶ月毎になることもあります。
歯垢の量による虫歯に考慮し、磨き残しが無いように「酸」の影響の少ない時に擦ります。
歯垢は物理的にこすることで除去することができます。
これは、お風呂の掃除と同じで、浴槽を擦らず、水を張り替えるだけでは汚れが落ちないのと同じだからです。
4.ガム
実はキシリトールには虫歯予防効果のエビデンスとなるものがあまりありません。
WHO:キシリトールの虫歯予防効果について具体的な推奨はしていません。
ADA(アメリカ歯科医師会):一定の効果を認めつつも「補助的な手段」の位置付け。
EFSA(欧州食品安全機関):酸を産生する細菌を減少させる可能性があると認めていますが、「一定の条件下で」とされています。
しかしながら、ガムを噛むことで唾液の分泌を促す効果があり、再石灰化は期待できます。
私のオススメはこのどちらかのマークがあるガムです。
見付からなければ、砂糖無しでフルーツ系以外のガムを選びます。
唾液が再石灰化に有効なので、よく噛んで唾液を出しましょう。
意識して「唾液を上前歯の表側」に唾液が行くようにして下さい。
ただし、嘔吐後すぐに噛むことが不快に感じる方もいらっしゃいますので、無理なさらないでください。
5.マウスピース
マウスガードと言う歯科医師もいます。
歯を酸から守るためのもので、歯科医院で型取りをして作成するものです。
食事の度に歯が凍みてしまう人は、食事に使うことを考慮して作ってもらいます。
食事が凍みない人は、嘔吐の前に装着し、嘔吐後うがいをするタイミングで外して水洗します。
まとめ
・嘔吐後になるべく早くうがいをする
・口の中にカスが残らないようにする
・フッ素で歯を守る
・歯を守るため、唾液を出す(ガムを嚙むことが有効)
・マウスピースで酸が付かないようにする
必要な人にどうか届きますように…
過食嘔吐の人の歯を守りたい
おくちの窓口、まいちゃんでした🦷✨