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不運 下

いつの間にか最寄り駅についた。友達が起こしてくれたようだ。一泊のキャンプ、されど荷物で両手は塞がっている。ひとまず荷物を改札前に置き、ma◯akaの入った財布を取り出す。確か、ズボンの後ろポケットにしまったはずだ。、、、カバンのサイドポケットだったかも。、、、なるほど、財布を落としてしまったらしい。

僕が落ち着いていられたのは、財布を落とすのがこれで2回目だったからだ。高校生の時、部活に向かう途中、パンツの後ろポケットにしまって、自転車に乗っている時落とした。2日後に無事見つかり、謝礼をしたのを思い出す。懐かしい。親にも、多数の大人にも迷惑をかけた苦くも、喜もある良い思い出だ。

そんなわけで、とりあえずインターホーンを鳴らし駅員さんにことの顛末を話し、改札を出ることになった。その時に、忘れ物センターの電話番号の書かれたメモを渡され、それを大事にズボンの後ろポケットにしまって帰路についた。

疲れた。ドッと疲労の波が一気に押し寄せてくる。パサついた髪、汚れた服、臭い足、さっさと洗濯して、風呂に入ろう。

疲れた体に風呂が染みる。徹夜明けの休みの朝にビールを飲みながら貯めておいたドラマを一気に見る。そんな快感に浸りながら風呂を出る。鼻歌でも口づさみながら髪をドライヤーで乾かす。しばらくして何かを思い出したかのように、手が止まる。ドライヤーのゴォォという音だけが狭い洗面所に響く。メモ。そうだメモが、気づいた時には遅かった。洗濯機を開け、ポケットを確認する。そこにはチリチリになって原型がわからない、紙切れがゴミのようにででくる。

動揺、腹の底から溢れてきたため息が喉を通過する。

「何してんだろ、」

ボッーと立ち尽くしていると電話の音が鳴る。誰だろうとバッテリーの黄色いスマホを覗くと母の文字。さっき、母に財布を無くしたことを連絡したのだ。

「あんた、また財布なくしたん。届出はだしたんか」
「おん、届出は後で出すわ」
「そっか、、、」

怒られると思ったが、心配の方が勝っていたようだ。それとも、僕の声がいつもより低く聞こえていたのかもしれない。

「あのさ、忘れ物センターの電話番号が書かれた紙もらったんやて、それさ、、洗ってもうてなくしなったわ、」
「、、そっかぁ、まぁ、そういうことはあるわな。ネットにでも書いてあるんちゃっない。」

あ、そうか、調べればいいのか。

僕は電話を切り、検索する、でできた050....。よくみたら対応時間が過ぎているのがわかった。

そりゃそうだ。何のためにメモを渡したんだと、僕は思っている以上に疲れているのかもしれない。

考える。

「よし、もう一度駅に行って聞こう。」

前向きになろうと気合いで起きる。同じマンションに住む友達には申し訳ないが、もう一度入り口の玄関を開けてもらうことになるだろう。

サドルに股をかけ、勢いよくペダルを踏む。何かに追われているかの如く、急いで駅に向かった。

「すいません、先ほど忘れ物をしてメモをもらった者なのですが、、、」
「あのー、担当する人は毎回変わりますので、もう一度最初から教えていただけますか」
「あ、はい」

ことの顛末を1から話していると、夕食を食べ終えて帰ってきた同じプログラム参加者が改札口から出てくる。目が合ったがそれどころではないのだ。それを察してか、向こうからも声がかけられることはなかった。気まずい。

「、というわけでして、、」
「はい、わっかりましたー、そうですね、もう一度番号伝えますので何かメモ取れるモノあります」
「はい、、、どうぞ」
「えっと、じゃあ、050....」

無事番号を手に入れた、時間はちょうどいい、僕はすぐに11桁の番号を入力し、電話をかける。

「はい、こちら忘れ物センター受付員の佐藤でございます。ご用件はなんでしょうか。」
「あ、あの、財布、を落としてしまいまして、、その、届いていないですかね」
「財布ですね、お名前を聞いてもよろしいですか。」
「具志堅モトアキです」
「はい、モトアキ様ですね。では確認しますので少々お待ちください。」

これで今日の任務は完了だ。あとは取りに行けばいいだけ。そんなことを保留音を聞きながら呑気に考えていた。

保留音がきれ、向こう側の声が聞こえる。

「モトアキ様、残念ながらそれらしき財布は届いていないですね。もしかしたら、交番に届けてくれた人がいるかもしれないのでそちらにも電話してみてはいいがでしょうか。」

声が詰まる。何かと楽観的に捉えていた事実が、一気に不安として心を締め付けてくるのを感じる。

「そうですか、ありがとうございました。」
「はい、失礼します。」

悩んでも仕方ないのですぐに近くの交番に電話した。

声色の優しい人が電話対応してくれた。まるで、迷子になった子供に寄り添うようかの声で、話を聞いてもらい、鼻の奥が熱くなるのを感じる。まだ、耐えられる。今日見つからなくても遺失物届を出したのだから、いつか戻ってくるだろうと。

友達に開けてもらって部屋に戻った。洗濯機が終わっていたので洗濯物を干すことにした。

洗濯機が壊れていた。正確には服やタオルの布切れを集める場所が外れていたのだ。いつもなら、ちゃんと固定されているカバーが外れていたのだ。服には布切れらしき埃のようなものが至る箇所についている。なんで、今日に限って、、。

僕は、ここで、折れた。今まで貯めていたものが箱から黒いヘドロが溢れでてくるように脱力した。ベッドに横になり天井を見つめる。一切音のしない部屋でただただ一点を見つめ、自然と目尻から何かが溢れたようにゆっくりと流れていく。

それから、どれくらい経っただろうか、意識はあるのに、ないような感覚であった。人生で一番気持ちが沈んでいくのを感じる。


何も考えず、ただ体を動かした。洗濯物についた埃を叩き落とし、床を掃除し、洗濯物を干す。物事の優先順位や最適解など考えられなくなっていた。ただ赴くままに行動をした。

23時前、何気なくスマホを手に取り、忘れ物センターに電話かける。さっきの人は別の人の声だ。財布を落とした者と詳細に伝えると、

「ありました。確認してみますね。」

驚きが脳内をかけ走り、沈みきっていたはずの心が浮いくる。

「具志堅トモアキさんですか。」

、え、違う。名前が違う、が明らかに僕だと思い、名前の訂正をしてみたところやはりそうだった。僕の財布が見つかったのだ。すぐに取りにいくことにした。

問題があった。まず、今手持ち無沙汰である。ターミナルまで行けない。そして、身分を証明する物が財布の中にある。そこから、なんやかんやあって親にとりに行ってもらおうと実家に電話し頼み込む。

渋々承諾をいただき取っていてもらうこと。安堵した。こんなにも早く見つかるなんて日本は良い国だなぁと呟きながら気づく。お腹が空いた。塩ラーメンを正午に食べてから何も食べていないのだ。緊張が解けた証拠か急に食欲がわいきたのだった。

今晩はそうめんだ。時間のない時に、すぐ作れて、味付けも自由度が高く、無難に美味しい。最高だ。親が届けてくれるのを待ちながら味わって食べた。

母が25時過ぎにきた。感謝を述べ、財布を受け取る。無事帰ってきたのだ、僕の手元に。母からは2度と財布をポケットにしまうなと言いつけられた。はい以外の言葉は許されない。当たり前なのだ。

そして再び糸が切れたかのように寝た。冷房の効いた、ふかふかのベッドで沈み込むように寝たのだった。

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あとがき

これは僕が実際に体験したことです。診断は受けてはいないですが鬱のような状態になっていた思います。財布が見つかった次の日大学にいき、グループワーク中にメンバーの声が悪口のように聞こえたりと不安でいっぱいになっていました。僕自身こんなにも運の悪いことが続いたのは初めてで、どうしよもない辛さを感じました。NELbasic中に良い事があり、その代償かなと友達と話したりしました。今は話した事もありスッキリした状態です。物事に無頓着で、スルースキルの高い僕ですら下の下まで沈んでいくことがあるのだなと他人事のように今は思っています。
ここまで読んでいただきありがとうございました。



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