儂の考えた全方位大丈夫そうなアサクリシャドウズ

「お前の名は”弥助”。お前は今日より”弥助”と名乗れ」

 彼は夢見心地だった。
 馬に乗った彼の主人は宣教師たちの貢物の織物を颯爽と着こなし、道々からは主人のこの壮大な行列を一目見ようと人々が集まっていた。
 かつて地面に藁を置いただけの寝床で小さくなって眠り、重い荷物を延々と運ばされ、鞭打たれ、罵倒され、あらゆる尊厳を踏み躙られていた生活が一変した。
 彼、”弥助”はこの立派な行列で、立派な服を着て、この国で1番立派な大名に仕えているのだ。
 所有物ではなく、道具でもなく、人間として。

 相撲は楽しい。
 弥助は体が大きく、力も強い。立て続けに相手を1人、2人、3人と投げ飛ばしていく度に歓声が上がり、人々が自分に拍手を送った。
「ようやった! 弥助!」
 と主人が楽しそうに手を叩き、子供のようにはしゃいでいるのが眩しかった。
 周囲の人間と同じように自分にも食事が渡される。
 硬くない、冷たくない、腐っていない食事だ。
 みんなが楽しそうに握り飯を口にして、まだ見慣れない暖かいスープを飲み込んだ。
 美味しい。
 水は濁ってなんかいない、嫌な臭いもしない。
 周囲の人間は笑顔で、楽しそうで、そして弥助は間違いなくその中の一員だった。
 主人が機嫌良く酒の入った器をこちらに掲げて笑うのが見えて、思わず笑顔が溢れた。

 “弥助”は人間だ。
 それもとても幸せな人間だった。

 この男がいなければ。

「黒奴は動物で何も知らず、また日本人でもない故、これを殺す必要はない」

 再び彼の人生は一変した。

 この生活も悪くはない。
 寺での生活は穏やかで奴隷だった時よりもいい食事を与えられていた。
 けれど彼は何も楽しくなかった。
「明智が討たれたぞ!」
 世界は自分を置き去りに進む。
 大切な主人も、友人も、居場所も、憎い相手すらもいなくなった。
 もう何の気力も湧かなかった。
 今日もただ寺の掃除をしている。

「南蛮人に用はない。あるのは武器だ。鉄砲、火薬、知識、そして情報が必要だからだ」
 信長がイエズス会、かつての自分の所有者達と縁を切ったと言う話は彼には信じられなかった。
「何を恐れておる? お前は力が強い。体だって大きいではないか」
 彼の頭の中にこびりついた記憶はなかなか消えてくれなかった。
 罵倒と痛みが、すぐそこにある。
 信長は笑っていた。
 鋭く恐ろしい笑顔は彼が底知れない人物であることを思い出させた。
 が、信長が彼の肩を叩いた時にはその恐ろしい顔はどこかへ消えていた。
「日の本ではとっくの昔に奴婢は廃止されておる。表立って奴婢の売買をする者はおらんのだ。遊郭に売られていく女なんかがそうだがな」
 信長は彼が拙い筆で書いた習いたての文字を見て難しい顔をしていた。文字の読み書きはまだまだ未熟だ。
「だが、お前は食うにも困っておらん。身売りをする必要がない。だからもしお前を奴隷にしようという奴がいたら、それは間違いなく南蛮人だ。一切躊躇する必要はない。思う存分叩きのめせ」
 信長は彼の書いた文字は気に入らなかったようで脇へと置くと、今度はまた恐ろしい笑顔を浮かべていた。
「真の強者は弱者を従えるのではない。真の強者は強者こそを従えるのだ」
 彼はそんな信長の顔を本当に恐れているわけではない。
 むしろ、この顔をした信長はいつだって彼に勇気を与えてくれた。

「弥助。お前はこの織田信長から名を与えられた”人間”だ」

「弥助ェ!!!」
 寺の敷地を掃除していた弥助は突然名前を呼ばれて振り返った。
 そこにはいつのまにか黒尽くめの大男が仁王立ちしていた。
 怪しい風貌に思わず箒を取り落として固まる。
 相手の背中には刀が差していた。
 が、大男はゆっくりと両足を開いて片手を地面につけた。
 相撲だ。
 猛然と向かってくる大男を咄嗟に受け止める。
 重い。これまで勝負してきた相撲取り達の誰よりも強いと確信した。
 負ける。
 その時思い出したのは大勢の観客に囲まれた輝かしい日々。
 男も女も子供も楽しそうなが響き、友人の相撲取りが声援を送っている。
 そして信長の楽しそうな姿。

『弥助!やってしまえ!』

 負けたくない。
 足に力を込め、前へと押し出すように踏ん張る。
 しかし相手の大男も、あの日の相撲取りもそう簡単に勝負を譲ってはくれない。
 彼の中で現在と過去が混じり合っていく。
 この強敵に勝ちたい。
 弥助が勝つとみんなが喜んでくれるのだ。
 漲る力をそのままに、ついに相手が持ち上がった。
「うぉおおおおお!!!!!!」
 勢いに乗って投げ飛ばす。
 弥助の得意技が決まった。
 強敵を倒した充足感に思わず笑顔が溢れる。
 歓声が上がった。
『ようやった! 弥助!』
 その声に喜んで振り返るも、そこに織田信長はいない。
 さっきまで確かに聞こえていた歓声も、人々の姿もない。
 途端に虚しくなって疲れが襲ってきた。
 その隙を突いて大男が襲いかかってきた。
 刀を抜き、こちらを簡単にねじ伏せる。
 そうだ。なぜ男は最初に相撲を仕掛けてきたのか。
 そんな疑問も、何もかも疲れてしまってどうでもよくなった。
「炭のような肌に、大きな体、相撲が強い。お前が弥助で間違いないようだな」
 顔まで布で覆った黒尽くめの男がついにしゃべった。
「お前、南蛮人の言葉をよく知っているそうじゃないか」
「いったい何なんだ。あんたは?」
「俺は家康様にお仕えする忍びの者さ」
 久しぶりに聞く信長の家臣の名前に驚いた。
 それは確かに信長が信頼していた大名の名前だ。
「家康様の命で俺は調べ物をしている最中でな。通訳をまともに雇えない状況で、お前の力を借りにきた」
 大男はそう言うと、あっさりと彼を解放した。
「どうも明智光秀は誰かにそそのかされて信長様を殺したらしい。別に黒幕がいる」
 その言葉にとっくに死んでいると思っていた気力が、憎悪と共に燃え上がった。
「何だと?」
「本能寺での謀反が起きる前、明智に何度もとある南蛮人が謁見に来ていたのさ。船に乗って切支丹共と一緒にやってきたのは確かだが、どうもおかしい。宣教師でも商人でもない。明らかにあの動きは戦いに慣れた人間だ」
 男が歩き出す、弥助の声が聞こえていたのか寺の人間の声がしてきた。確かに聞かれるわけにはいかない話だ。
 弥助は迷わず男についていくことにした。
「それで、なぜオレを探していた?」
「俺たちもある程度は南蛮人の言葉はわかるようになってきたが、どうも知らない単語が多くてな。ここはやはり現地人の力が必要だ、となった。すると家康様が“弥助ならば信用がおける。信長様への忠誠心は確かだ“とおっしゃってお前を探していたわけだ」
 寺の外壁が目の前にあった。
「それで?この話に乗るのか?」
 弥助の心の中は復讐の炎が燃え上がっていた。
 明智光秀は信長を殺した黒幕ではなかった。
 信長を死に追いやった敵が、まだのうのうと生きているのだ。
「無論」
 男は笑って外壁を登ろうと手にかけた。
「ただし、条件がある」
「何?」
「黒幕はオレの手で殺す」
「…なるほど、いいだろう。首さえ持ち帰れば家康様も満足される」
 外壁を軽々と登った男が手を差し伸べてきた。
「それで、その知らない単語は?どんなものがあった?」
 弥助も男の手を借りながらも登った。男は簡単に登っていたが弥助には大変なことだ。
 だが登って見ればなんて事のない、ただの壁だ。

「一番重要そうなのは“テンプル騎士団”とやらだ。いったいどういう意味だ?」

 目の前に広がるのは戦乱の日本の大地。
 亡き主君織田信長の仇を討つために、人間としての尊厳と誇りをいま一度取り戻そうと1人の男が異国で立ち上がる。


ゲーム内イベント妄想

秀吉危うし!
農民から大名へと信長に取り立てられた羽柴秀吉、奴隷から刀持ちへと信長に取り立てられた弥助。2人は親近感を互いに抱き、かつては共に周囲のやっかみに負けないと励まし合った仲だった。しかし、秀吉は信長亡き後天下人への道に取り憑かれていた。
そして、テンプル騎士団の魔の手は次の狙いを定めていた。
という感じのストーリー本編とかあってもいいよね。


奴隷商人
十代の女の子達が南蛮人の商人に奴隷として売られていくのを我慢できずに襲撃する弥助。彼女達の保護と職探しを家康にお願いしたところ、その代わりに他の商人達を襲撃して目当ての商品を強奪するように依頼される。
「こんなに大勢が…!」
幾ら倒しても商人達は彼女達を奴隷という商品として連れていくのに歯噛みする弥助。全てを助けることはできない。
「だからこそ天下を獲る必要があるのだ」
信長亡き後、家康もまた覚悟を決めていた。
という感じのミッション。
これなら弥助が主要な大名に関われるし、奴隷を解放しようという動きも弥助自身の過去を振り切ることができる。
実際、家康は外国人を日本に入れたくないし、江戸時代はキリスト教は禁止されていた。


全てのカップルに起こりうること
侍が衆道(男性同士の恋愛)を嗜むのはよくあるし、織田信長と森蘭丸の仲は特に有名だから出そう。
弥助が小姓に手紙を託されて戦場にいる侍に手紙を渡しに行くミッション。
手紙の内容に頭を抱える侍に、信長と蘭丸のやり取りを思い出して懐かしむ弥助。
カップルを見守り、時にアドバイスを送る優しさは大事よ。


あとがき

これはアサクリシャドウズで持ち上がった黒人奴隷問題等々で色々と思うところあって、これなら弥助もカッコイイアサシンになれるかなと思って書いたものです。
戦国時代は農民でも刀を持っていた時代であり、海外の方は「刀を持っている=侍」と思っていますが、それは江戸時代の徳川幕府の時代の話です。
ちなみに刀が侍の武器とされたのは徳川綱吉の時代からです。思っているよりも遅いです。
戦国時代の侍はかなりの教養を必要とされます。戦乱の時代を生き残るのは大変です。武術としては馬術は必須。馬に乗って移動も戦闘も行いますからね。特に弓が必須の主力武器で武術と言えば弓でした。他には薙刀や槍などの長物が使われ、あの天下無双の本多忠勝の武器「蜻蛉切」も槍です。刀はサブウェポン的なものでした。いわゆる流鏑馬が鍛錬のイメージとして近いと思います。
残念ながらこれだけの武器を使いこなすには長い訓練が必要であり、それもあって鉄砲の時代がやってくるんです。
日本の地理や大名の関係、戦の装備も生活すらも異なる異国で弥助が侍の階級になるのは不可能であり、小姓は既に森蘭丸(森成利)をはじめとした古くからの家臣が大勢います。そもそも小姓は高い執務能力が要求されます。幼い頃から教育された侍や大名の元服(成人)前の未成年の役職です。日本に来て1、2年の弥助には荷が重すぎますし年齢も違います。ですから刀持ちくらいの地位だったのはほぼ確実なのです。
でもだからって馬鹿にされて良いわけではないし、彼は確かに信長が奴隷身分から解放した立派な臣下ではあったのです。
アサクリのせいで日本が黒人奴隷を作ったなどという馬鹿げた歴史がでっちあげられないよう、頑張っていきましょう。
そしてアサクリのせいで弥助が日本の嫌われ者にならないよう、私達が正しい歴史背景を広めていきましょう。

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