【イベントレポート】EX DAY2022 世界の経営学からみるエンゲージメント経営への視座
早稲田大学大学院 教授 の入山 章栄氏にご登壇いただいたセミナー「EX DAY 2022」をレポート化しました。この講演では、世界標準の経営理論の知見を紹介しながら、エンゲージメント経営への示唆を考えていきます。
本イベントレポートの全文は、下記URLからダウンロード可能です。
【イベントレポート】EX DAY2022 世界の経営学からみるエンゲージメント経営への視座
エンゲージメントとは
ここ数年で急に「エンゲージメント」という言葉を聞く機会が増えました。
日本の企業では長らく終身雇用・メンバーシップ型雇用を行ってきました。
そのため「従業員は辞めないだろう」という考えがいまだ根強く残っているように見受けられます。
一方、雇用が流動化している欧米では、エンゲージメントという言葉・考え方は広く普及しています。
現在、日本企業を取り巻く事業環境は大きく変化し、エンゲージメントが求められる時代になりました。
なぜエンゲージメントが企業に求められているのか?
日本企業で「なぜエンゲージメントが企業に求められているのか」というと、理由は2つあります。
今からおよそ十数年くらい前までは、新卒を一括で採用する終身雇用・メンバーシップ型雇用が一般的でした。
しかし、現在は、若い世代を中心に圧倒的に人材が足りていません。
特に、デジタル分野はその傾向が顕著です。
デジタル系の会社では、完全に人材の引き抜き合戦が行われています。
また、デジタル人材は高い給与で大量に引き抜きが行われているため、雇用が流動化しています。
大手企業の30代とベンチャー企業の30代を比較したとき、2022年からはベンチャー企業の方が「給料が上がる可能性が高い」と言えます。
なぜなら、ベンチャー企業は資金調達が簡単だからです。
ベンチャーは最初にどこにお金を使うかというと「人材」に使います。
以前は、ベンチャー企業は「夢はあるけど金はない」という状況でした。
しかし、これからは「夢があって金がある」という状況に変わります。
大手企業に在籍していた若手は、ネックだった給与問題が解消されると「面白い」と自分が感じたベンチャー企業に転職します。
ほかにも、副業などの言葉に注目が集まっているように、働き方についても流動化していきます。
一方で、「不確実性が高い時代は怖い」「組織にしがみついていたい」という人は会社に残るでしょう。
若手の中でも「自分でリスクを取って行動量を増やす人」と「変化を怖れて現状を維持しようとする人」の二極化が進んでいます。
簡単に言うと、活躍している優秀な若手こそ、会社を辞めていく傾向があります。実際に、某大手総合商社においても、特に20代の人材の流出が続いているという話を聞きます。
だからこそ、これからの時代「人を惹きつけるエンゲージメントが不可欠だ」と言えます。
不確実性の高まり
世の中の変化は目まぐるしく、その不確実性は年々高まっています。
新型コロナウイルス感染症の流行によって、さらにそのスピードは加速していると言えるでしょう。
新型コロナウィルスの影響以外にも国際情勢、資源高、円安などの事業環境の変化、またAIをはじめとしたあらゆるデジタル技術の流入など、数えきれないほどの変数によって、企業は影響を受けます。
このように、あまりに変数が多く、予測が立てられない時代においては「企業自らが能動的に変化して、新しい価値を生んでいく」ことが何より重要となります。
イノベーションのメカニズム
この「新しい価値を生み出す」というイノベーションが、日本企業に求められています。
そのためには、従業員が「会社の想いに共感し、新しい価値を一緒に生んでいこう」と一丸となることが重要です。
企業・従業員が同一の目標達成を目指して努力するためにも、エンゲージメントは不可欠な要素と言えます。
つまり、従業員のエンゲージメントがないと、イノベーションは起こりません。
イノベーションの本質
イノベーションの本質は「知と知の組み合わせ」です。
イノベーションの第一歩である新しいアイディアは「既存の知」と、別の「既存の知」の新しい組み合わせから生まれます。
これは、何十年も前からわかっている法則です。人間というものは、ゼロからは何も生み出しません。
イノベーションの理論
その状況を打破するために、Exploration(知の探索)が必要となります。
「自分から遠く離れたものをたくさん見て、それをどんどん持って帰ってきて、自分がすでに持っている知と新しく組み合わせる」ということが、何より重要となります。
そして、持ち帰ってきた知と知を組み合わせて、「ここは儲かりそうだ」と磨き込んで深堀りをしていくのがExploitation(知の深化)です。この「探索と深化が高いレベルでバランスよくできる企業組織の経営者・ビジネスパーソンは、イノベーションを起こす確率が高い」ということは、もはや経営学でほぼコンセンサスになっています。
これをAmbidexterity (両利きの経営)と言います。この「両利きの経営」という言葉は、今から10年ぐらい前に、僕が日本語で初めて本を書いた際に訳して紹介したものです。現在では、一般用語のように普及しているようで嬉しく思っています。
しかし、企業組織の場合、Exploration(知の探索)がおろそかになり、Exploitation(知の深化)にばかり偏る傾向があります。
なぜなら、「遠くのものを幅広くたくさん見る」ことは、当然時間もかかります。
会社は効率化を重んじるため、知の探索をしていると一見「無駄に見える」ということがあります。
短期的にはそれでも問題ありませんが、イノベーションに不可欠な「知の探索」を怠ってしまうと、中長期的なイノベーションが枯渇してしまいます。
この、企業が「知の深化」に偏る傾向を、Competency Trap(競争力のわな)と言います。
これができない企業は、淘汰されます。
問題は「どうやったら知の探索を促すことができるのか」ということです。今回のテーマはエンゲージメントのため、その観点からお話します。
僕は仕事柄、優れたビジネスリーダーや、経営者の方にお会いする機会に恵まれていますが、その方たちの共通点は「よく移動している」ということです。
とある経営者の方はニューヨークやインドなど、行ったことがない場所に出かけ、会ったことがない人に会います。そうして、そこから何か知見を持ち帰ります。
「パクリ」というと悪い印象がありますが、「インスパイア」と言い換えることもできるでしょう。
狭い会議室の中で、同じ顔ぶれに囲まれていてはイノベーションは生まれません。
遠くに移動することが必要になります。
HRBrainには組織診断サーベイ機能の中で「エンゲージメント向上」の実現というものがありますが、重要な視点です。
これからのイノベーションを必要とする時代には、人を移動させないといけない。そして、知の探索を促さないといけない。
そうしないと、不確実性の高い社会で企業は生き残っていけない、ということをお話しました。
その根底には「エンゲージメントが関係している」というお話をします。
エンゲージメントを高める要素
経営学には、どうやったらエンゲージメントを高められるか、という研究成果がすでにあります。
以下の3つの項目が強いと、エンゲージメントが高まります。
Value Congruence=会社の価値観・考え方・方向性が従業員と揃っていること
Organizational Support=会社が組織として、きちんと従業員をサポートすること
Self-Evaluation=従業員が自分に自信を持っていること(Self Efficacy=自己効力感)
1. Value Congruence
従業員への腹落ち
「知の探索」をする際に、心に留めておくべき重要な経営理論があります。
それは、「センスメイキング理論」です。
詳しくは僕が書いた『世界標準の経営理論』という本に詳細がありますが、簡単に言うと「これからの変化が圧倒的に激しい時代に必要なのは、正確性ではなく納得性(Plausibility)である」ということです。
不確実性の高い社会で絶対にやってはいけないことは「正確な分析に基づいた将来予測」です。
将来の予測は、外れる確率がとても高いです。
そのため、納得性ーーつまり、「腹落ち」という感覚が必要になります。
従業員に対しては「当社は、これからこういう方向に進んで社会に貢献して、お客様に価値を提供していきます。それって、面白いでしょう? 納得するでしょう? ワクワクするでしょう?」そう問いかけて、巻き込んで、一緒の同じ方向に進んでいくという姿勢が重要です。
企業が、こうした意識を共有することで「知の探索」が進みます。
企業文化は戦略的に作る/文化は行動
日本企業では「企業文化は勝手に湧き上がってくる」かのように思われていますが、違います。
企業文化とは戦略的に作るものです。
これが日本企業とグローバル企業の最大の差です。
「文化は行動」と言い換えることもできます。
イノベーションが必要ならば「イノベーションのために必要な文化=行動とは何か」という視点で、行動規範を決めます。
決定したら、それを徹底的に行うことが重要です。
日本企業は、この取り組みをしていません。
「自分の会社に必要な文化=行動規範とは何か」を決定したら、その行動規範にマッチした人材に入社してもらうことが重要です。
2.Organizational Support
2つ目はOrganizational Supportです。
組織のサポート、というお話です。
個人レベルの知の探索
イノベーションを起こすためには、多くの失敗を伴う知の探索が欠かせません。
つまり、イノベーションのためには「失敗を受け止められる組織を作ること」、つまり組織のサポートが何よりも重要となります。
従業員エンゲージメントを上げるために、そういった組織作りは必須と言えます。
日本企業の場合、掛け声ばかりで「チャレンジしろ」と言ったにも関わらず、そのチャレンジが失敗に終わると、人事評価が下がります。
そんな状況に陥るから、従業員は会社を辞めていくのです。
チャレンジしたら「すぐに成功するものだ」と考えてしまいがちですが、スティーブ・ジョブズ氏の例にあるように、チャレンジの8割は失敗に終わるものです。
「失敗を責める」「失敗で減点評価をする企業」では、絶対にイノベーションは起きません。
では、どうすればいいのでしょうか。
「チャレンジしたら評価される」というような、チャレンジを促す企業文化、失敗を受け止められる企業文化を戦略的に作り、かつそれを「仕組み」にすることです。
組織レベルの「知の探索」
「知の探索」では「自分から離れた遠くのものから知見を取ってくる」ということを繰り返しお話しました。
遠くの知見を誰が持っているのかといったら、それは我々人間です。
組織レベルでの手っ取り早い「知の探索」は、なるべくバラバラの人間が同じ組織にいることです。
そういった意味でも、注目を集めているダイバーシティ経営は、経営理論的に極めて正しいと言えます。日本の場合、ダイバーシティという言葉だけが一人歩きしていて、かつ従業員が「腹落ち」していないため上滑りしているように感じられますが、ダイバーシティはイノベーションのために不可欠です。
3.Self-Efficacy(Core Self-Evaluations)
最後に紹介するのは「Self-Efficacy」です。
自己効力感と言い換えたほうがわかりやすいかもしれません。
大切なのはフィードバック
社会認知理論の領域における話ですが、自己効力感を上げるために大事なことは「フィードバック」です。
例えば、以下のようなやりとりを思い浮かべてください。
上司「君は、今回こういうところが良かったけど、こういうところは改善の余地があるよね。そのためにはどうすればいいと思う? ちなみに、僕はこう思うんだけど」
部下「なるほど」
上司「じゃあ、こういうことにチャレンジしてみない?」
こうしたフィードバックが重要になります。
日本企業の場合、残念なことにフィードバック=評価だと思っています。
しかし、これは違います。
評価はValuation(バリュエーション)です。
評価にも工夫する余地はありますが、それ以上に重要なのはフィードバックです。
つまり「あなたが成長するためには、こういうことをもっと頑張ったらいいんじゃないか」「このあたりをもっと伸ばすといいんじゃないか」という、まわりから見た客観的なフィードバックです。
360度評価をきちんと実施することで「まわりの人たちは、みんなこういうふうにあなたのことを思っているよ。あなたは自分のことをこう思ってるのかもしれないけれど、意外とあなたはこういう人間なのかもしれないよ。だとしたら、このあたりを伸ばすのはどうだろう」ということが明らかになります。
先に述べたようにノーレイティングや、OKRという評価を取り入れると、上司と部下の1対1のミーティングの時間が増えます。
ミーティングの時間が増えて、なにをやるかというと、評価ではなくてフィードバックです。評価はすぐ終わりますから。
ところが、日本企業の場合、この上司と部下が話すフィードバックの時間はとても少ないのが実情です。
エール株式会社取締役である篠田真貴子氏は『LISTEN―知性豊かで創造力がある人になれる』という本を監訳しました。
そこで言うことには「管理職の仕事はこれからListenですよ。しゃべっちゃ駄目」だと。
そういう1on1を実施することが、結果的にフィードバックに繋がります。
「話すことで、部下に気づかせる」。
このサイクルを回すことは、ものすごく重要です。時間とコストはかかりますが、頻度高く取り組まないといけない。
だからこそ、人事テックで管理職の業務を楽にしてあげることが大切です。
結論
不確実性の高いこれからの時代、人材は流動化し、イノベーションが求められています。
戦略的にエンゲージメントを高められない会社は、存続の危機にあります。
だからこそ従業員エクスペリエンスの向上が必要です。そのためにも、Value Congruenceーー「会社のビジョンに従業員は腹落ちしているか」「企業文化を戦略的に作っているか」という観点は重要です。
次にOrganizational Supportの視点を持ち、従業員の心理的安全性を上げることが必要です。
最後に従業員の自己効力感(Self-Efficacy)。
日本で一番重要なのは人事です。
時間はかかりますが、テクノロジーを活用して徹底的に先に述べたような取り組みを行うことで、イノベーティブな会社になっていただければと思います。
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