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コラム6 外科医って手術中に何考えてるの?

僕が外科医になって20年以上。
手術は昔と今で大きく様変わりしました。
より高度になり、よりチーム医療が求められるようになってきたと感じます。

昔々、僕が医学生だったころ。
ある「手術がすごく早くてうまい」と評判の病院に見学に行きました。
手術室は無音。無声。
カチャ…カチャ…。コツン。
鉗子(手術器具)を受け渡す小さな音だけが響きます。
緊迫した空気の中、(その頃の僕には凄さは理解できていませんでしたが)遅滞なく手術が進行していきました。
手術の様々な器具は基本的には直介の看護師(手術で直接器具を渡す看護師さん)と以心伝心で行われ、言葉はありません。
どうしても必要な時にはハンドサイン(手でチョキチョキしたらハサミが渡されるみたいな感じ)で示され、無音です。

おお…
と圧倒はされましたが、あまりに高度すぎて、自分が外科医になった姿をそこから想像することはできませんでした。
あ、ちなみにこのハンドサイン、今はよく使わせていただいてます。
子ども達が意識がある状態でケガの処置とかをするときに、「メス」だの「ハサミ」だの言うと恐怖をあおりますから、そうっと子どもの見えない位置で看護師さんにハンドサインをして、器具を手にもらって処置をしたりするんです。

話がそれちゃいましたね。

医者になった後、僕は様々な病院の手術場を経験しました。
2000年ごろからでしょうか。手術室に音楽をかけるのが流行りだし、術者は好きな音楽を指定して流したりしていました。
今もそういう病院はあるかもしれません。

しかし、この頃からでしょうか。
手術室で使う機材というのは爆発的に増え始め、今も増え続けています。
それは単純に糸や針の種類、器具の種類にとどまらず、「器械」と呼ばれる電気メスや自動縫合器、医薬品類、そして鏡視下手術やロボット手術に必要な機器類。モニター類。
膨大な数です。
全ての部屋に全ての器材が置いてあるわけもなく、機材庫に取りにいかないとないものも多いです。
そして大病院では、みんながみんな、すべての手術の流れを理解しているわけではありません。
新人さんも多いし、人の入れ替わりも激しい。
そうなるともう、昔みたいな無音の手術なんて不可能。
お互いが何を考え、何をどのタイミングでしてほしいのか。
どんな物品がいるのか。
コミュニケーションが欠かせません

昨年、僕の所属する広島大学病院第一外科の同門会で、大阪大学医学部付属病院より中央リスクマネジメント部 教授・部長の中島 和江先生の講演を拝聴しました。
「手術に学ぶリーダーシップと危機管理」というタイトルの講演です。
中島先生はなんと、手術中の医師及びコメディカルの方々の会話がどのようになされているかを細やかに記録解析する研究をしていました。
手術は患者さんを対象とする「何が起こるかわからないリスクがある」現場であり、そのような状況ではコミュニケーションが大事だというのです。

うーん。昔とは隔世の感がありますね。

自分を振り返って考えるに。
僕ほど手術中にしゃべっている外科医はいません(断言)。
手術場の看護師さんというのはありとあらゆる科の手術に入りますが、どの看護師さんに聞いても「佐伯先生が一番しゃべっている」というので、間違いないのでしょう。
しゃべり続けていたほうが、手術場にいる人の全ての動きと考え、感情がある程度理解できるし、コントロールもできる。
そして自分の手術のリズムも作りやすいんですよね…。
あ、人が術者で自分が助手をしている時には(ある程度)控えてますよ。

実は昔、自分の上司に「手術中にしゃべりすぎるな」と注意されたことがあるんですよ。
その上司は本当に昔ながらの外科医で(とてもダンディ)、厳格かつ厳粛な手術をする先生でした。
(その前でひたすらしゃべって手術をしていた自分。若いとはいえ鋼メンタル…)
さすがに反省した僕は、次の手術でなるべく必要最小限しかしゃべらないように心掛けたのですが…
自分でもわかるほど手の動きのリズムが悪い…!
こりゃヒドい…と思ったのでしょうね。
その上司は僕に「もうお前、しゃべっていいよ」と言ってくださったのでした。
わーい。免許皆伝(違う)。

でもこのしゃべり。
時には自分のリズム作り以外にも役立ちます。

いやー。外科医って血の気が多い人ばかりでね。
すぐキレたり、イライラする人がいるんですよー。
手術中に出血しだすと当たり散らしたりとか。
あと、突然必要になった器具が手術室の部屋にない…なんてこともよくあるんですが(たいていは術者の準備不足です。ハイ。)
「なんで準備してないんだ!」
「まだ出ないのか!」
「早くしてよ!」
などなど。
イライラを隠さない口調で言う術者はたくさん。そしてそれに対し気の強―い看護師さんが「そういうの、前もって言っておいてください」なんて返そうもんなら、術場の空気は氷点下です。
器材が到着するまでの数分間、部下は生きている心地がしません。

でも僕はそんな時へーぜんと、「あ、僕が小噺でつないどくんで、ごゆっくりー」と言って待ち時間に応じた小ネタを話してあげます。
例えば「レモン1個に含まれるビタミンCはレモン何個分でしょう!?」…とかね。
(なにそれ…?と気になる方はググってみてください)
たいてい5分も小噺をしていれば、物品は間に合います。
急いでやってきた看護師さんに「早かったね」と言って手術をリスタート。
みなさん気分もリフレッシュです。
時事ネタを絡め、そんな小噺小ネタを僕はいつでも複数ストックしています。

なぜそんなことをするのか。
しゃべるのが好きだからです。
……。
いや、そうじゃなかった。
リスク管理のためですね。
何のためにさっき中島先生のお話をしたのだか…。

僕は、執刀医(執刀医が若い場合は指導医)は手術の指揮者であると考えています。
イギリスでは手術室のことを、Operation roomではなく、Theaterと呼びます。
手術中には患者さんに対して外科医だけでなく、麻酔科医、看護師、様々な技師さんを含め、多くの人が関与します。
ともすれば動きに乱れが生じてしまいかねないその状況の中で、手術の始まりから終わりまで、全員の統制をとって道筋をつけていくのが執刀医の役割です。
術中に実際の術野への集中は常に8割程度にとどめ、耳では常に患者さんのSpO2モニターの音程とリズムを拾います(ちょっとでも早くなったら、患者が動くかも…と予測できるように)。
その指揮をする上で、僕は自分がなるべくしゃべってコミュニケーションすることが、みんなの息遣いや意識の流れを読み取るのに都合がいいと思っているのです。
うーん、自分で書いていて少し言い訳くさくなってきたぞ。

とまあこんな風に、術者というのは手術だけに集中していればいいわけではありません。
周辺環境を整え、皆が患者さんのために一丸となれるようにコミュニケーション能力を駆使していく。
そこまでできて初めて一人前の術者と言えるのだと思います。

参考
なし


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