コラム12 医学部OSCE対策 その1 総論
今回からしばらく、医学部のOSCEに関してお話をしていきます。
OSCE(オスキー)というのは、Objective Structured Clinical Examination:客観的臨床能力試験の略語であり、医学部を卒業する前に卒業試験といっしょに「実技試験」として受験するものですね。
これ合格しないと医学部を卒業できません。
以前
(第4回)えっ!?Virtual Realityで医療診察ゲームを? 「VR OSCE」前編
でも書きましたが、僕は小児外科医ではありますが医学教育も専門としており、医学教育学会にも所属しています。
VRで医学部のOSCEを模したトレーニングソフトを開発して特許を申請中です。
大学病院でも臨床をしながら、学生さんにOSCEのトレーニングをしたりしているのですが…。
医学生には意外とこのOSCEはまだまだ軽く考えられているところがあります。
なので、ここから数回のコラムでOSCEの大事さやその対策方法についてお話していこうと思っています。
今回は初回なので総論になります。
総論 目次
1. OSCEの大事さ
突然ですが、いい医者ってなんでしょうね?
内科医であれば、診断能力が優れていて知識がある医者でしょうか。
外科医であれば、手術の技術が高く、合併症も起こさず治していく医者のことかも。
でも、そんなのってなかなか外見では分かりません。
周囲が「あの人は名医だ」って言うのだって、しょせん限られた情報から判断しているだけです。
いい医者の定義っていうのはとても難しいのです。
これは僕の個人的な考えですが、ただ一つ絶対と言えるいい医者の条件は、
患者をよく診てくれる医者である
と思っています。
患者さんというのは基本的に、困って、医者に治してほしくて病院に来ているわけです。
その患者さんに対して、本人が認識していること(主訴)、認識できていないこと、診断に必要なことを聞き取ってあげて、外からでは分からないことは必要な検査を順序だてて行って調べる。
それがまず行われる医療行為というものです。
その際に慣れた人間がするのと、十分なトレーニングを受けていない人間がするのでは、天と地ほどの差が出るのです。
例えばですね。
20歳くらいの男性が嘔吐を主訴にして来院したとします。
(例1)研修医Aの診察
患者「昨日の夜から何度か吐いていて…」
医師「そうですか。何時くらいですか?」
患者「22時くらいからずっとです」
医師「めまいとかありますか?(耳鼻科系か?)」
患者「いえ、ありません。(なんでいきなりめまいなんだ?)」
医師「お酒とか飲みました?(アルコール性か?)」
患者「いえ…」
医師「うーん…。最近風邪っぽいとか…(なんかの感染症か?)」
患者「いえ、そんなことないです」
医師「そうですかぁ。とりあえず点滴と採血してみましょうか(よくわかんないな)」
患者「はい。お願いします。(もっと言いたいことあったんだけどな…)」
まあ、実際はここまでひどいこともないかもしれませんが。
学生に問診させるとこんなこともあります。
じゃあ次は、ベテラン医師に診察してもらいましょう。
(例2)ベテラン医師Bの診察
患者「昨日の夜から何度か吐いていて…」
医師「そうですか。もう少し詳しくお伺いしてもいいですか?」
患者「昨日仕事から帰って、22時くらいからずっと吐いてます。朝になってもう吐くものも出なくなって、ふらふらしてきたので…。なんとか病院に来ました。」
医師「それはお辛かったですね…。何か思い当たることとかありますか?」
患者「いえ、それが全然ないんです…。」
医師「ここ1週間で生ものを食べた…、旅行に行った…、周囲の家族で似たような症状がある…とか」
患者「ああ!そういえば週末、山でキャンプしてました。僕は一人暮らししてます。」
医師「そうですか。お熱はどうですかね?(感染症の危険性があるな…)」
患者「あ、まだ測ってなかったです」
医師「では、お熱を測りながらもう少し話を伺いましょう。吐くものもなくなってきたとのことですが、吐いたものの色とかどうですか?黄色や緑色がかっていませんでしたか?」
患者「そう言われてみれば、少し緑色でした」
医師「そうですか…。(胆汁性かもな。腸閉塞なども疑っておくか。あとでレントゲン必須だな。その前に中枢性の嘔吐だけは否定しておきたいから、神経所見はとっておくか)」
医師「では、診察をしていきましょう」
…
ホントはもう少し聞くと思いますが、単純に書くとこんな感じです。
恣意的と思われるかもしれませんが、このシンプルな会話の中に、問診のエッセンスがたくさん詰まっているんです。
前提となる様々な疾患の知識、オープンクエスチョンなどを駆使する会話、診察や検査の組み立てを行う技術、相手を思いやる言葉などなど。
みなさんどっちの医者に診てもらいたいです?
そして、どっちの医者が的確に正しい診断にたどり着きそうです?
聞くまでもないですよね。
この技術を育てるのがOSCEです。
つまり、OSCEこそが名医作成システム。ダメ医者撲滅システムなんです!
とても大事なOSCE。
だからこそ、僕は医学生へのOSCEのトレーニングにものすごく力を入れているのです。
2. 国家試験と同レベルに格上げになる
医師の資格というのは、医師国家試験に合格することで得られます。
その前に医学部を卒業しなくてはなりません。
その昔、OSCEがきちんとできる前は、大学の医学部で6年間勉強し、その大学の「卒業試験」を受け、合格して卒業したら「医師国家試験」を受験し、合格して医師になる…という流れでした。
しかし、知識だけじゃダメだよね…ということで、OSCEの試験が始まりました。
もう20年以上も前です。
以前のOSCEというものは、全国の医学部長の会議で最低基準というものが定められてはいましたが、あくまでも各大学の独自基準で行われていました。
評価を行うのももちろん学内の先生達です。
つまり、卒業試験と同じ扱いということですね。
しかし!2024年現在、大きな変革の時期を迎えています。
医師法は改定され、OSCEは国家試験と同レベルに格上げになることが決まっています。
つまり、各大学の独自基準ではなく、国の認める試験になるというわけですね。
誰がその質を担保するのか。
公益社団法人 医療系大学間教養試験実施評価機構(CATO: Commo Achievement Tests Organization)という組織になります。
そして、実際にどうなるかといいますと…
こうなります。
OSCEが公的化され、実施する方ももちろん大変なのです。
きちんとCATOの定める講習会に参加して資格を得ないといけません。
ものすごく厳格な基準が定められ、求められます。先生たちも大変なんです。
学生さんたちが大きく変わること(予定)としては、
これまでOSCEは合否判定で一発勝負。
合格すれば医師国家試験の勉強を頑張るだけ…だったのですが、OSCEは今後点数評価となり、医師国家試験の点数と合わせて合否判定となる…予定なのです。
つまり、総合力が求められるということで、いかに国が「臨床力のある医師を育てようとしていうか」ということですね。
昔と比べると、どんどんOSCEは重要視されるようになっていると言えます。
3. OSCEは練習必須!
そんな大事なOSCEですが、実はとても難しい技術の集まりです。
たまーに、あまり練習もせずに「OSCEなんて話聞いて診察するだけだから出たとこ勝負で行けるだろう」くらいの感覚で受験する医学生を見ますが、悲惨なことになります。
本業の医師が見れば、「あ、こいつ練習してきてないな」なんて丸わかりです。
そして、完全に付け焼刃で練習してきた学生も見ればすぐ分かります。
例えば問診すべき項目すらろくに覚えていないような学生は、入室してくるなり必死で白紙の紙に問診項目のリストを略語で書きはじめる。そして、模擬患者を前にしてそのリストを見ながら順番に既往歴、生活歴などを聞いていく…。
最悪ですね。
そんな医者を臨床実習の現場で見たことあるのか?
順番に聞けばいいだけなら、先にアンケートでも渡しておけばいい。
医者である意味はありません。
OSCEの練習というものは、本来年単位で熟成するものです。
4年生の最後にpre-CC OSCE(臨床実習前OSCE)を受験するのですが、その際には「問診の基本的な行い方」「系統的な診察の行い方」といった、あくまでも「どうやって行うのか」だけを教わります。
つまり、大工さんで言うなれば、のこぎりやカンナ、金づちの使い方を習ったり、図面の引き方を習ったり…ということですね。
でも実際に家を作るには、その技術を適切な場面で、適切な順番で使うことを求められるわけです。
応用ですね。
これが、卒業前のpost-CC OSCE(臨床実習後OSCE)です。
慣れた医者みたいにきれいな家は建てられなくても、犬小屋くらいは作れてほしい…というレベルの試験ではあるのですが、もちろん、練習なしで作れるわけはないのは分かると思います。
(この例でいくと、さっきの「入室してきて、試験の前に必死で白紙の紙に問診項目のリストを略語で書いておく学生さん」なんてのは、カンナの使い方の説明書を目の前で読んでいる大工さん…といったところでしょうか。イヤでしょ?)
OSCEの技術は、練習することでしか高まりません。
その練習法として、
①慣れた人(医師)の診察をじっくり観察する
②実際にトレーニングをしてみる
の2つがあると思います。
①に関しては、機会は比較的多くあります。臨床実習では病院で実際の医師や患者に触れますから、真面目に実習をしていれば、外来を見学することは多いですからね。
でも、実際に「自分だったらどう診察するか」と考えながらベテラン医師の診察を見るのと、「早く終わらないかなー」と思いながらほけーっと見るのでは大きな違いが出るのはもちろんのことです。
②ですが、なかなか学生のうちに実際の患者さん(特に初診)を相手に問診を行う経験なんてないと思います。
なので、実際のトレーニングとなると、学生同士でお医者さんごっこするしかないわけですけど…。
僕も学生の頃にしたことはありますが、やっぱり気恥ずかしさとか出ちゃうし、そこに指導医がいないと所詮知識と経験が足りないもの同士での「流れの確認」程度にしかならないわけです。
そして、実際の医師に家庭教師のようにトレーニングしてもらうような機会がそんなにあるわけでもない。
そんな問題を解決すべく僕が開発したのが
VRでOSCEのトレーニングができるソフトというわけですね(特許出願中)。
医師がとなりについていた方がもちろん教育効果はあがりますが、学生だけでもトレーニングは可能です。
時間制限つきでリアルなOSCEを体験でき、最後には「プレゼンテーションの例」まで出てくる仕様です。
まあ、宣伝はここまでにして。
今回のコラムでは、僕がVR OSCEを作るときに参考にしたり考えたりした、実際のOSCEで求められるものと、OSCEにおけるコツについて少し長めに話をしていこうと思います。
コラムですけど、広大生には授業で教えていることなので、申し訳ないですが各項目途中から有料にすると思います。
<参考>
なし