(第6回)子どもの胃瘻の話 前編 胃瘻は悪くない
今回の前後編は小児の胃瘻のお話。
最初にお断りしておきますが、今回のお話の中には株式会社JMS(ジェイ・エス・エス)社の「ペグロック」という名前の胃瘻ボタンの紹介が出てきます。これは株式会社JMS社が元々開発し、僕と一緒に共同で改良を重ね、現在「ペグロック タイプⅡ」として販売されており、COI(利益相反関係)を有しています。
記事の有料化をどうしようかいろいろ考えてきましたが、せっかく論文紹介などをしているので、前後編などに分けてあるものに関しては前編を無料にし、続きの部分だけ有料にさせていただくことにします。
<胃瘻の必要性>
「そろそろ限界だから、胃瘻も考えないと…」
重症心身障害の児をケアし、沈痛な顔で外来に来られてそうおっしゃるご家族の方をたくさん見てきました。
胃瘻ってそんなに大変なんだろうか…?
もちろん、自分のお子さんに手術を受けさせるというのはとても重い判断です。ですが、胃瘻ってそこまでハードルが高いものでしょうか?
実際に外来で胃瘻のお話を詳しくすると、「胃瘻ってそういうものなんですね」「誤解してました」と多くの家族がおっしゃいますし、
胃瘻を造設してケアをし始めると、「もっと早くに作ればよかった」とおっしゃっていただける方がほとんどです。
つまり、現在ある「胃瘻への拒否感」とも言える感覚の原因は、ひとえに正しい情報が伝わっていないことにつきます。
これは、ご家族に方にというだけではなく、多くの医療従事者にと言ったほうがいいかもしれません。
胃瘻へのネガティブなイメージには歴史があります。
一昔前は、寝たきりになった高齢者がお口からご飯を食べることができなくなり、そんな方たちにみんな胃瘻を作っていくという時代がありました。メディアでも「延命治療の最たるもの」と批判をあびたのです。
「食べられもしないのに無理やり胃に栄養を注入して生かすなんて…!」
すっかりそんな論調が根付いてしまい、今でも胃瘻に「手術してまで人工的に生かしている感」を感じてしまう方が多いと感じます。
でもそれって、胃瘻が悪いわけではないですよね。
胃瘻はあくまでも「栄養投与のための1手段」なのであって、イコール延命治療なのではありません。延命治療かどうか、その人にとって本当に必要なのかどうかは、胃瘻がいいか悪いかとは全然別な問題なのです。
また前置きが長くなってしまいましたが、今日は小児の胃瘻に関してのお話です。
小児で胃瘻を造設する必要がある子の多くは、脳性麻痺といって、麻痺などの機能に障害があるお子さんです。そのようなお子さんたちのことを、重症心身障碍児(重心児)と呼び、重度の知的障害および重度の肢体不自由が重複している児童と定義されています(児童福祉法43条の4)。一口に重心児といっても実は重症の方から軽症の方まで非常に様々です。
そのような重心児では、嚥下機能が早期から衰えてくることがあります。
これを読まれている中でも、まだお若い(30代以下の)みなさんは、寝転んでポテチを食べながらお茶を飲んでもむせないと思います。「逆立ちして飲めるぜ」なんて言う人もいるかもしれません。僕は無理です。速攻でむせて、涙ぐみながらゲホゲホすることになります。人間はご飯を食べるときに、「ごっくん」としますが、この時に舌はぐいっと奥に膨らんで食べ物を押し込み、のども連動して動きます。そしてその瞬間、のどの奥では気管(空気の通り道)と食道の2つに分かれた行先のうち、気管のほうだけパタンっと喉頭蓋という蓋が閉じるようになっています。足で開けるゴミ箱の蓋みたいな感じです。その結果、飲み込んだものはめでたく食道へと入り、これまた食道の蠕動運動によって逆立ちしてても胃へと導かれていくのです。このとっても複雑な機能のことを、嚥下機能と呼びます。うーん。すごいね、人体。
ですが!この機能は年を取ると確実に衰え始めます。
40代。いきなりサラサラしたお茶とか飲むとむせ始めます。ああ、老化の始まり。
一般の方でもそうやって押し寄せてくる機能低下の波。
元々機能が弱い重心児では、早くにやってきます。
場合によっては生まれたときから。人によっては幼児期から。
今まで食べることができていた子も、次第にむせるようになり、肺炎を来たしたりします。
そしてまずは、「胃管での管理」となるのです。
お鼻から胃まで細く長い管を入れて、そこから栄養を注入します。
多くの場合、介護者に胃管を挿入するトレーニングを行い、家で交換してもらうことになります。
これで長く管理を行われているお子さんもたくさんいらっしゃいます。
しかし!声を大にして言いたいのが、胃管って本来は一時的な処置であって、何年も続けるものではないということです。
胃管には多くの問題点があります。
①入れるのが難しい。誤挿入で気管に入ってしまう危険がある
②胃管があること自体で飲み込みにくい、誤嚥の危険性が増す
③細い管からの注入ではサラサラな液だけしか入れにくい
これらはいずれも大変な問題なので、本来数か月以上胃管が必要であれば、胃瘻造設を考慮すべきなのです。
もちろん、胃瘻も乱暴に交換すれば誤挿入の危険はありますが、胃管に比べれば交換はずっと楽ですし、のどへの刺激はなくなります。そして何より、栄養の注入がぐっと楽になるのです。
<胃瘻の種類>
こちらが胃瘻を作ったあとの赤ちゃんのおなかです。
使用されているのは、現在日本では一番汎用されているMICKEYの胃瘻ボタンですね。
見た目はほんとに「ボタンがある」という感じになります。
ガーゼが挟まっていますが、別に必須ではありません。
少しは液が出るので吸い込むためと、ボタンが直接皮膚に当たらないようにする工夫なので、ご家族の方では専用のキルトパッチなどを作っている方もいらっしゃいます。
もし成人の胃瘻を見たことがある人がいたら、「成人のと違う…」と思ったかもしれません。
実は胃瘻ボタンには種類があり、形で4種類に分けられます。
中で風船が膨らむバルーンタイプとプラスチックなどが膨らむバンパータイプ。
外が小さくボタン型になっているタイプと、にょろっとチューブが出ているタイプ。
2×2で4種類です。
成人では、バンパー・チューブ型が多いのに比べ、小児ではバルーン・ボタン型がほとんどです。
なぜか?
成人(と書きましたが、多くは高齢者ですね)では寝たきりの患者さんがとても多く、管理のためにはチューブが出ていた方が楽。そして、バンパー型では交換頻度が少なくて済むから楽なんです(その代わり交換に苦痛を伴います)。
子どもは引っ張ったりしないようにボタン型で、痛みがないようにバルーンが多いのです。
<胃瘻の造設法>
胃瘻の造設法はざっくり大きく2つに分けると、手術(腹腔鏡を含む)と、内視鏡があります。
手術は直接(開腹もしくは腹腔鏡で)胃を外から見て、胃瘻を作りたい位置をつかんで穴をあけて、おなかの壁に縫い付けます。
内視鏡の方法は、PEG(Percutaneous Endoscopic Gastrostomy : 経皮内視鏡的胃瘻造設術)と呼ばれ、いわゆる胃カメラをしながら、おなかの上から胃を刺して作ります。成人ではこちらが一般的ですね。
どちらがいいのか…というのは諸説あり、様々な論文が出ています。
しかし、あくまでも個人的な好みを込めて言わせていただくと、僕は全て手術(腹腔鏡)で作っています。
直接作る場所を胃の外側から見て、納得して作りたいからです。
論文は先ほど言ったように様々ありますが、
Loren Berman, et al. Gastrostomy Tube Use in Pediatrics: A Systematic Review. Pediatrics. 2022 Jun 1;149(6):e2021055213. doi: 10.1542/peds.2021-055213.
という最近有名な雑誌に載った、多くの論文のレビューの結果を見ますと、小児に限ってはPEGは腹腔鏡手術の3~4倍の合併症となっており、「腹腔鏡下による造設が最も安全である」と結論付けられています。
小児では体が小さい上に、重心児では側弯などの困難があるため、これは当然のことだと思います。
現時点では「いやうちはPEGでする」という施設は、それなりの反論が必要になってくるかと思っています。
ということで、長々と子どもの胃瘻のお話をしてまいりましたが、長すぎて本題にたどり着けなかった…。
僕が自分の論文で紹介しようと思った事柄は、このような子供の胃瘻を実際に使っていて、困難を感じたところから始まるのですが、前置きだけでものすごい量を費やしてしまいました。
でも、何の脈絡もなく胃瘻の内容を話してもわけわかんないし。
ということで、本題は
後編「子供の胃瘻の話 胃瘻から食事!?」に続きます。
本研究内容補足事項
<論文>
佐伯勇ら: 胃瘻からのミキサー食注入における,JMS社製「ジェイフィード ペグロックシステム」の有用性 日児栄消肝誌 30(2): 59-65, 2016.
佐伯勇ら: JMS社製胃瘻ボタン「ジェイフィード® ペグロック タイプⅡ」の開発と使用経験 日児栄消肝誌 33(2): 80-84, 2019.
<学会発表>
第42回日本小児栄養消化器肝臓学会
第53回日本小児外科学会
第45回日本小児栄養消化器肝臓学会
他、講演会など多数
<COI>
ジェイフィード ペグロック タイプⅡは(株)JMS社と共同開発をしています。
2024年現在進行中の小児がんのためのVRゲーム作成プロジェクトに、(株)JMS社よりご支援をいただいています。
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