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(第28回)小児がんのお話 その2 肝芽腫とJPLT試験

前回、(第27回)小児がんのお話 その1 総論 では小児がんに関わる全般的なお話をしました。
いちおうこのnoteって、「自分の書いた論文を紹介する」という形でやっているので(自分の論文紹介の回より、コラムとかの雑談のほうが圧倒的にスキが多いのは悲しいところですが)、総論だけ書いていると、「僕なんかがこんな偉そうなこと語っていいのか…?」と思ってしまいます。
でも、自分の現在進めている研究を紹介していくためには、ある程度前情報を説明しておく必要があるんです…と言い訳。
 
広島大学病院が日本で15施設だけ決められている「小児がん拠点病院」の1つであり、中四国地域では唯一であるとお話しました。
これは、ひとえに檜山教授(現、特任教授)が頑張ってこられたのが大きいですね。

①広島大学病院と肝芽腫研究
これまでの歴史…ということでごく簡単に触れます。


肝芽腫の全国研究

前回小児がんの一般的なお話として、小児がんはとてもまれな病気で、更に様々な種類があるので、「小児がん拠点病院となっている病院は、様々な日本全国レベルで行われる小児がんの臨床研究を主導もしくは参加し、治療成績を向上させ、治療の基盤を作っていく役割を担っています。」というお話をしました。
とてもまれな病気である小児がんの種類それぞれで、「治療グループ」を作り、全国各地で発生した小児がんのお子さんを、全国レベルで登録し、決められた同じ治療に参加してもらって、治療成績を評価し、高めていこうという取り組みが行われます。いわゆる「治験」というものですね。

その中で、小児の肝臓にできるがんである「肝芽腫(Hepatoblastoma)の治療に取り組んでいるのが「JCCG(Japan Children’s Cancer Group)の肝腫瘍委員会」(旧 JPLT: Japan Pediatric Liver Tumor group)であり、連綿と続いてきた治験が「JPLT 1~4」です
広島大学は長くその事務局を継続してきて、特にJPLT4ではアメリカ(COG)とヨーロッパ(SIOPEL)との世界研究へと発展し、現在解析を進めています。そして、更にJPLT5,6と続いていく予定になっています。
なかなか日本において「世界研究をリードしてやっている人」というのはまれですから、その研究のPI(Principal Investigator)をされている檜山先生はとてもすごい方なのです。

横文字多くてすいません。
へー、広島大学ってがんばってんだなーって思ってください。

②肝芽腫とは


医師国家試験より、成人の肝細胞がん

これは成人にできる、肝細胞がん(HCC: hepatocellular carcinoma)のCT画像です。
成人の肝細胞がんというものは、何もなしで突然肝臓にできることはまれです。
肝炎ウイルスやアルコール性肝障害などによる、肝臓の慢性的な炎症や肝硬変があると発生しやすくなるのです。
前回multiple-parallel hit hypothesis(マルチヒット仮説)として説明しましたね。
しかし、赤ちゃんや子どもの肝臓にいきなりがんができることがあります。それが肝芽腫です。


肝芽腫

すごく大きいですね。
肝臓のほとんどすべてが腫瘍に置き換わっているように見えます。
こんな風に、小児のがんというのはものすごい勢いで大きくなるのが特徴です。
でも、治療もよく効きますから、なるべく早く適切な治療を受けるのがとても大事です。
 
前回、小児のがんの種類は成人と違って、blastoma(ブラストーマ:芽腫)などがメインになりますというお話をしました。
分化の異常によるがん。いわゆる胎児性癌というやつです。
胎児成分が多い腫瘍というのは、αfetoprotein (AFP: アルファフェトプロテイン)という物質を出すのが特徴です。
このAFPは元々全ての赤ちゃんが高い値になっていますが、徐々に下がってきて、数か月もすれば非常に低い数値になるものなのですが、この肝芽腫などではめちゃくちゃ高い値になることがあるので、腫瘍マーカーとしてよく使われます。

こういう固形腫瘍(かたまりのあるがん)では、外科的に切除できるかどうかがとっても大事です。
なかでもこの肝芽腫は、切除できなければ死あるのみ…というレベルで、切除が大事です。
なので、小児科の先生がメチャクチャ頑張って抗がん剤治療(放射線は使いません)で腫瘍をちっちゃくしてくれて、小児外科医が頑張って切り取る…というのが治療です。
なので、切り取れる位置にあるかどうかがとても重要。
その分類が「PRETEXT(プレテキスト)分類」というものです。Ⅰ~Ⅳの4段階です。


PRETEXT分類

単純に言うと、PRETEXTⅠとかⅡ(上2つ)は、簡単に切除できます。
PRETEXTⅢはまあまあ大変ですが、手術で切除できます。
でも、Ⅳはムリです。取ろうとしたら肝臓なくなっちゃいます。
じゃあどうするのか。肝臓移植しかありません。
 
あとこの肝芽腫は、よく転移します。がんなので。
転移する場所は決まって肺です。


肺転移

意地悪な僕は、わざわざ矢印で示していません。これを見て即転移巣の位置が分かる人は慣れた人ですね。
血管陰影とは違い、連続性なく末梢側にぽつんとできるのが転移なので、画面左上のまるっこいやつが転移です。
悪性腫瘍というのは、目に見えない微小な腫瘍細胞を血中へとバラまきます。腫瘍によっては親和性のある臓器があり、その臓器内で血管の外へと遊走し、転移を来たすとされています。
肝芽腫が肺に転移が多いのは、おそらくは肝臓から流れた血液が心臓を通り、そのまますぐ肺に行くのですが、肺の血管はガス交換のために非常に細くなっていますから、そこでがん細胞が住み着くせいだろうと考えられます。
大抵このような転移巣は、抗がん剤治療により消えていくのですが、消えなければ手術で切除します。
先ほど肝移植の話が出ましたが、肝移植をすると術後に免疫抑制剤を使用する必要が出てきますので、転移巣があると術後にそこが悪くなりますから、移植はできません。
なので、先に肺の転移巣を切除する手術をして、その後すぐに肝移植…という激しい治療が行われることもあります。

…と長々と説明してきたのにはわけがありまして
何が言いたいかというと、見つかった時から肝臓のはしっこにあって、ちょきっと切ったらおしまいという肝芽腫もあれば(めったにないけど)、肝臓の中央にできてしまって手術がむずかしいもの、肺に転移しているもの…と、重症度が全然違うのです。
すると、もちろん治療成績も変わります。


肝芽腫の治療成績(JPLT2のデータ)

じゃあ、治療の方法も重症度によって変えないとね…ということになります。
上の図はJPLT2という、日本全国での臨床研究の結果をまとめた臨床研究の結果をまとめた論文からの治療成績ですが、PRETEXTⅠというとても切除しやすい状態だと生存率がとても高いのに比べて、PRETEXTⅣでは70%くらいになり、Metastatic(転移がある症例)の患児では40%くらいまで下がってしまうのが分かると思います。
こういう重症度分類自体も再考しながら、その分類に応じて適切な治療法を考え、新たな治験を組んでいくわけですね。

成人のがんではこういうのはすごく進んでいます。
数が多いですからね。
毎年何千、何万人となるがんであれば、分類して、治療群をわけて検討して…というのは比較的短期間で可能です。
でも、この肝芽腫は母数が少ない!
日本で新たに発症する子が、年間に40人ちょっとくらい(すくな!)です。
つまり、各病院でとか各地方でバラバラに治療して成績を比較しようなんて絶対無理。
日本全国でどんな症例かを詳細に登録し、「じゃあ、こういう治療をしましょうね」と推奨し、その結果どうなったかを数年後の結果まで含めて全て集計し、データとして見直して論文にする。それを日本全国の病院をまとめ上げて、臨床研究として続けていく必要があるのです。

世のため人のため子どもたちのため。
この研究をしたからといって、別途給料や賞与が出るわけではありません(むしろ国に研究費を申請して通らないと続けられません。このような研究にはお金がかかりますので)。
実際の子ども達の治療を進めていくだけでもメチャクチャ大変なのに、そのかたわらですごい時間と労力をかけ、全国レベルでデータを集めて集計してく…。
世の中の小児科・小児外科医たち(を含めた多くの先生方)は、それはそれは頑張って臨床研究を連綿と続けているのです。
 
そんな肝芽腫治療の総本山である広島大学病院に2020年から赴任してきた僕は、檜山先生の指導の下で、JPLT3のデータの論文報告を行うことになったのです。

③JPLT3試験
肝芽腫はまれながんなので、日本全国で患者さんを全員登録して治療を進める必要があります。
その「治験」が始まったのが1991年です(準備まで入れると1989年)。
JPLT1という名前の試験が始まり、日本の各地の(全員ではない)患者さんが登録され、「このタイプの肝芽腫の人はこうやって治療しましょう」と決められた方法で治療をし、成績をみていきました。
こういう治験は大体5年くらいのスパンで治療を見直し、新たな臨床研究の枠組みを整えます。
前回の研究で分かった結果、世界の趨勢、新たな知見を加え、病期の分類を再評価して組みなおし、治療法も変えていくんですね。
あらゆるデータに精通するそのスジの専門家が集まって議論し、時間をかけて決めていきます。

そうした中で2012年からはじまったのが、JPLT3試験です。
JPLT3試験が始まる前には、JPLT1試験の結果は完全に出そろっていますので、そこに世界中の治療のデータを加えて内容が決められました。
JPLT3試験では、肝芽腫の子を重症度で大きく3種類に分けようということになりました。
①    S群 Standard risk群
②    I群 Intermediate risk群
③    H群 High risk群
の3つです。
これまでの検討から、比較的弱めの治療でもちゃんと切除手術まで持っていけて、きちんと治るだろう…という群がS群で、抗がん剤治療を今までよりむしろ弱め、シスプラチン単剤のみします。副作用軽減のためですね。
「これはがっつり治療しないといけない…」というやや重症の患者さんはI群、更には病気が分かった時からすでに肺転移がある患者さんはH群となり、非常に強い治療が行われることになります。
 
また、このJPLT3から新たに始まった、画期的な取り組みがありました。
中央画像診断+外科レビューです。


中央画像診断

小児がんというまれな病気では、もともと「中央病理診断」というものがありました。
切除した標本を顕微鏡で見て調べて、病理学的な特徴をとらえて診断して下さるのが病理医です。
大きな病院になると必ず病理部門が存在します。
しかし、すごくまれな病気になると、各病院の病理医が診断をきっちりつけるのは難しい。
その場合は標本やプレパラートを1つの施設に送り、そこで病理医が全てを診断します。
これを中央病理診断といい、各施設での診断が覆ってしまうこともあるのです。
病理検査できちんとした診断をつけることは、治療にとってとても重要なことになりますから、これは現在ほぼすべての希少がんにおいて行われていることです。
 
しかし、肝芽腫では更に特殊なことがあります。
さきほども出てきた、PRETEXT分類という、「この腫瘍が切除できるかどうか」がとても大事な指標になってくるのです。


もっかい出てきたPRETEXT分類

専門的なことを言うと、ここに更に付記因子(annotation number)というものが入って分類されます。
この分類を正確に決めるのは放射線科読影医です。
撮影されたCT画像を精密に読み、診断を下すのが放射線科読影医であり、大きな病院になると必ず放射線科読影医がいます。
しかし、すごくまれな病気になると、各病院の放射線科読影医が診断をきっちりつけるのは難しい…って、さっきも同じような流れでしたね。

そう。放射線画像を送り、専門の放射線読影医が読むほうがいいのです。
画像をアップロードできるデータセンターを作り、匿名化して、放射線科読影医に読んでもらい、レポートを返す。
このシステムをJPLT3では構築しています。
更に!
その画像を外科医も読んで、いつどのような手術が推奨されるのかを伝える。
そして、肝移植が必要と判断されれば、肝移植が可能な施設にきちんとコンサルトするようにお勧めする。
難しそうな患者さんに対しては、そういう「外科レビュー」をすることが可能になるシステムを構築したのです。
こんなにきっちりとしたシステムを構築するのは、もちろん世界初の取り組みということになります。

こうしてJPLT3では、とてもきっちりしたデータ管理のもとで、世界に誇る治験が始まったのでした。
 
(続く)

 
本研究内容補足事項
<論文>
Isamu Saeki, Kohmei Ida, Sho Kurihara, Kenichiro Watanabe, Makiko Mori, Tomoro Hishiki, Akiko Yokoi, Junya Fujimura, Shohei Honda, Yuki Nogami, Tomoko Iehara, Takuro Kazama, Masahiro Sekiguchi, Norihiko Kitagawa, Risa Matsumura, Motonari Nomura, Yohei Yamada, Ryo Hanaki, Hide Kaneda, Yuichi Takama, Takeshi Inoue, Yukichi Tanaka, Osamu Miyazaki, Hiroki Nagase, Tetsuya Takimoto, Kenichi Yoshimura, Eiso Hiyama: Successful treatment of young childhood standard-risk hepatoblastoma with cisplatin monotherapy using a central review system. Pediatr Blood Cancer. 2024; e31255.
<学会発表>
第58回日本小児外科学会
第63回日本小児血液・がん学会学術集会
など
<院内倫理委員会>
広島大学倫理審査番号(Ethics Committee No: E-2198)
CRB番号 (jRCTs061180086)
 


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