「酒に酔い」 小説:本多裕樹
「酒に酔い」 小説:本多裕樹
バスに静かに乗っていた。どこに行くまでもなく彷徨うようにどこまでも行く。その果てはあるだろうかと、暗い道で自然豊かな田舎道を。隣には彼女がいて何もしゃべらずじっと黙っている。私の方から話しかけるのがいいのだが、そんな気の利いた話もできるわけでもない。お互い知己の間柄であり、話すこともその内容も飽き飽きしている問題や話題ばかりで自然と何も話をしないのだ。
「私、あの世にいくの」
「ああ、これからあの世だよ、この不思議な旅の果てに、」
「あなたも一緒に行くの。それはダメだよ」
「いいのだ。この世にいても苦しいことばかりだから、生きているって結局は我慢大会だから、そこから逃げれるなら幸いなことだよ。」
「でも、あなたはもっと生きなくてはダメよ」
「生きるのも物憂いのだよ、彷徨う人生に到着はあるのだろうか」
「私はもうすぐ亡くなるけど、あなたは生きていれば様々ないいことがあるわ、もっと粘ればいい結果もあるよ」
沈黙が続く、
人生に満足しているのだろうか、わからないけれどもいいことがあるとすれば美食くらいなもの、感覚的な楽しみしかない。そんな中、彼女は生きろと言う。
「生きなさいよ。私についてきてはダメよ。このバスから下車して!」
「・・・。」
「まあ、あなたがついてきてくれるのも良いけど、後悔するわよ。あなたは生きていれさえいれば良いことがたくさんあるのであるから生きていなくてはダメよ」
生きていれば良いことがあるの言葉に直感を感じた。目の光が戻ったように感じた。一瞬だけど、生きる意欲が光明が開けた感覚を覚え小型瓶のブランデーを一口二口、口腔内に入れて生きる喜びを得た。そうしてバスを下車して、彼女をバスに残してこの旅を終わらせた。なぜ、下車したかであるが生きて美食を再び楽しみたいという願望が芽生えたからである。必死で元いた世界に走っていったがそれからどうやって夢から覚めたかわからない。朝の陽光が寝室に照っていた。どうあっても良いが彼女に連絡取れなくなり、数ヶ月後、あの世に行った。
「どこに行こうにも避けられないのが死であろう。」とつぶやきその日は昼から開いている居酒屋で日本酒を飲みながらタコの刺身を食べた。外の空気が入ってきて涼を感じながら酒を飲み続けた。
「あのバスの夢は本当だったか。」
それから、自宅に帰りベッドで横になりまどろみを楽しんでいた。酔いがこの状態に天翔ける上昇を感じた。悦楽が私に訪れたのだった。
酒に酔うのとあの世の体験は似ているのだろうか。
そんなことを考えながら、体が動かなくなる。夢にまた行くような感覚だ。レム睡眠より、ノンレム睡眠の世界がリアルだ。そこは夢の世界なのだから。
黄泉行きのバスが出ていた。
私はそれに乗りまた断られた。
「なぜ、俺だけダメなのだ」
酒に酔うのはあの世に行く手がかりであるが、その先の世界は人生をしっかり生きた者でないといけないのだ。私はただ酒を飲み遊興に耽っているだけの愚かな人間である。彷徨う世界にいる私は実はここは天国でなくゲヘナの世界のカレードスコープの幻想にあるのだろう。
実際、私は生きているのか。
また、酒を飲み、うなぎを食べる。
酩酊のうちに悦楽に溶けていく。果てのない夢、救いの無い世界で私たちは生きている。一人私は彷徨っている。
暗い世界に幻燈が、ふらふらと生きているのか死んでいるのか。
もう、私はあの世にいるのかもしれない。ただ、天国ではなさそうだ。何らかの煉獄でもない、どこかに彷徨っているのだ。また、酒を飲みつまみに生牡蠣を食べ、
エンドレスに私の心の傷は冥府に閉じ込められているのだろうか。
それも、わからない。
2024年9月23日
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