「趣味の絵を描き今日のこと」 本多裕樹
「趣味の絵を描き今日のこと」
ある高原を歩き、ひっそりイーゼルを立て画布に向かって絵を描いていた。タバコをくゆらせながら絵筆を手にし、色を乗っけていた。絵の具はそれほど高いものではない。貰ったものだから、友人から趣味でもいいから絵を描いてみろと言われた。俺にはそれほど趣味と言われるような上品なものはなかった。あるとすればただ呆然と空を眺めながら、雑誌を読むくらいであった。その雑誌も雑多なことしか書いていない時間潰しの本だった。そんな俺を見て哀れに思ったのか、色々、旅行の手配をしてくれて無理矢理、宿に行かされた。そいつはおせっかいな奴だったかもしれないが、久しぶりに休暇ももらい高原で絵なんかを描いているわけだ。今、木を見ている。それとその背景の林とか川とか草とか、また花とか。最初はめんどうだったけど何となく描いていると形にはなってくる。適当に描いているわけではない。何年か前に美術館に女友だちと行った時見たある風景画の真似をしている。その作品の作者はどこかの国の印象派かなんかの絵であったな。それで目をこらしながら注意して一筆、一点、絵筆を打っている。そんな時のタバコも美味い。
「おや、絵を描いているね」
「あの人、いいわね。」
「今日はいい天気ですね。」
様々な、人の声が聞こえるが、俺は今、絵にタバコに集中しているせいか返事は雑でいつしか誰も声かけない。
ここは別荘地だった。
あとちょっとで出来そうだな。もう少しで完成だな。しかし、この絵には朝と昼、あと夕方が一緒になっている。しかもそれらの時間が混在しているのだった。一筆、色を重ねただけでも絵の具が濁ってしまうから緊張しているが、仕方ない。
「あら、いいわね」
「あの人、絵を描いていますね。」
「どうです。」俺は返事した。「昨日ここに着き宿からここまで来ました。朝から描いてここまで描いてみたのだがお嬢さんどう思う。」タバコを口から出し、感想を聞いてみた。
黒髪の女性は髪を後ろにかきあげて絵をじっと見た。
「あなた、印象派さん」
「まあ、モネ絵に真似てみたんだが、絵の具をかなり使った。」
「光の表現がいいわね。あなた絵描きさんみたいね」
「いや、素人だ。」
黒髪の女性は口をたなびかせた様々な唇の形をして、そのささやきが詩のように美しかった。
絵に関して歓談し、楽しい時間を過ごせた。
「あなた、今後も絵をお描き」
「なかなか、今日のはまぐれみたいなもの、私が思うにゴッホくらいの熱量がないと絵に真実に本気になれないことが何となくわかる。俺のはどうあっても趣味だ」
「あら、趣味でもよくて。誰もゴッホになれないわ。趣味でもいいのよ」
「まあ、それでもいいのであるがね、日々の仕事というか労働もある。なかなか絵を描く余裕が本来ないのでね」
少し、沈黙があって、「やっぱり才能あるは。色感があるもの」
そうして、こんなこともあって日も落ちる時間なので黒髪の女性とは別れた。「明日もいらっしゃる?」俺はタバコの火と煙を消し、「きっと明日も来ますよ。あなたに挨拶しなくてはならなくなったから。」
後ろを振り向く前に「きっとよ」
それが出会いであった。絵は正直、よくわからない。昔の巨匠やプロの絵描きという人種はどこまで絵の真髄に入っているのだろうか。俺でも真似なのだ。この色彩の使い方にしたって、オリジナルの手法は命懸けで開発した技法だろう。
「やっぱり、モネ先生はすごいし、ゴッホには行けない」
俺は宿にもどり、夕食に舌鼓を打った。宿にこの絵を差し上げた。記念にしますと受け取ってくれた。「当宿の至宝の宝とします。ありがとうございます。」
明日は、黒髪の女性と落ち合うことになろう。
この宿の食堂でコーヒーでも一緒に飲もう。壁に架けた今日制作した風景画が肴になってくれるだろう。
「やっぱりモネ先生の印象派はすごいな」
印象派の技法はすごい。友人はひとまず感謝で、休暇を過ごせた。今後、趣味にするかしないか、それは余裕あるかないかだ。「俺もそれほど裕福ってわけでないのだけどな、」
様々な絵が美術館に展示されているけど一朝一夕ではない。
そのことは知れた。