「複雑な箱」 小説・本多裕樹
「複雑な箱」 小説・本多裕樹
朝方から電車に乗って曇りの空に沈黙の中ゆられていた。何も感じなかったわけでもない。文庫本を読みながら、隣の女子を連れて遠く旅をしている。
何も語らない。
それは電車の中だから他の乗客に迷惑をかけないため。
東京の外れまで、ただ、行く。
お互いチラチラと見る。女子は意外にも爽やかで綺麗な白を基調にしたデザインの服で少しボーイッシュである。髪は整って綺麗であった。靴もスニーカーで軽装と言ったところだろう。
今日はあまり寒くないし、暑くもない。
私は、何も変哲もないワイシャツにチノパンにジャケットを羽織りソックスに革靴だった。どこに行っても間違いない服装でつまらないだろうが、安全な服装である。
女子はとても今日の付き添いに気を遣ってくれているのがわかる。
ガタンゴトン
ガタンゴトン
車窓からは工場だのちょっとした林など川だの様々な景色を見せてくれる。
「私はこの女子を好んでいるのだろうか。」そんなことを考えながら自分の気持ちがよくわからなかった。スタンダールの「赤と黒」を読みながらそんな隣の女子を考えた。
女子は何もしていなくじっと座っていた。
それがなんだか上品でもあったし、美しかった。時々、話しかけることもあったが。それがなんだか忘れてしまった。
途中、今日行く場所について話し合った。
「ちょっと今日は無理、なんか怖そう」
「大丈夫だ。」
そんなやりとりを二度する。
なぜ、怖いと言うと今日、茶席の亭主の写真を見せたのだ。なんともいかめしく見えたのだろう。女子は怖くなったのだ。
「大丈夫、この亭主はエネルギッシュで元気であるから、そう見えるだけだよ。ちゃんと僕達をもてなしてくれるから」
「そう、わかった」
そう、私は押しで無理矢理でも引き留めた。あとは、電車で乗っけていけば無理矢理にはなるが、茶会に行ける。
そんな強引な手を使った。
その女子がいないとなんとなくダメだった。共に行動したいと思った。引き留めた自分も寂しく感じたのだ。
「もうすぐかも」しかし、まだまだだ。
「そう、じゃあ行こう」
電車は目的の駅に着き、われわれは下車し駅を出て街に出た。少し彷徨ったが、だんだんと茶室にたどりつく。
と思ったら違う会館だったり、迷路みたいに道を行く。途中、コンビニに入り道を聞こうとしたが、なんかこの二人で彷徨うのがいいように思えたのだ。そうしたら
「あれかもしれない、」と女子とともに茶室に入る。
「やあ、よくいらっしゃいました」亭主が挨拶する。「ご自由に見てください」と茶道具や掛け軸など拝見する。女子はじっと見ている。この人は美がわかるのかもしれないと感心した。私は亭主と雑談し、女子を意識しながら、見ていた。
私もまた無理矢理連れてきた手前、楽しませなくてはならないという感覚が茶室全体と女子の存在をしたためた。
茶のお手前が始まり、私は茶を飲んだ。
女子は苦いといい、少しの笑いもあった。
「秋の昼はどうですか」
女子は言う「この掛け軸ですか?いいと思います。」
「あなたはセンスがいいですね。秋の何かがわかるようだ」
私は昼に秋というワードにクラシックな響きを感じた。その女子の感覚は何か奥深き者があったのだと思った。
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茶会は雑談で盛り上がり、亭主のおかげで女子も楽しんでくれたようだった。私はただ、この女子を自慢したいがために連れてきたことを悟った。
それがよかったのか
よくなかったのはわからない
そのよくわからないという難問がたくさんあって、悟っただけではどうにもならない複雑さもある。
私は女子を愛せるか以前の問題で、たくさんの自分自身の悩みや解決できていない問題ゆえに、女子を正しく見ることができなかったのだ。
愛が壁で、または箱の中に封印されているが故に、
それでも、女子を大切にしたいと思ったが、急に自分はそっけなくなり何か翳りが入ってきたのだ。
「愛はどこに行ったのだろうか」
その私の中にある愛が出ないので女子もオロオロして方向性を失った。
「あなたは私のこと好きじゃないでしょ」
その言葉を言わしてしまった。
私は愛に正直になれなかった。
中学生、高校生のような純情になれないあらゆる人生の道程で複雑にめぐりくねって愛がどこかに隠れてしまう。
それで、不安にさせてしまい私もどうにもならなくない。
この女子との関係も終わってしまっても、思い出だけあればいいのだと思い、愛は箱に封印されてしまった。
それから、私は女子に愛を示すのが怖くなった。
「さあ、帰ろう」
電車に乗ってまた帰る。
途中、食事もしたが何を食べたかわからない。
過去の恋愛を引きずっている。
その過去の恋愛で傷ついてまだ立ち直れていない自分がじわじわと滲む。
今でも愛は箱に封印されたままだ。
2024年9月13日
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