もう1つの故郷 ⑫
目覚めるとベッドの周りを囲むように水滴がたくさんあった。
もちろん、僕の涙だ。
不思議な空間をボオ~っと見ていたが恥ずかしくなったので、
タオルに染ませてオシッコとしてカバンに入れておくことにした。
オシッコ入れは、うかつに開くと出て行ってしまうから
今回はタオルで対応した。
とりあえず、見つけた水滴を全て処理したので、朝から疲れていた。
アンダーソン中尉が僕を見つけるなり近寄って来て、
「ミスターソラマ、睡眠は取れなかったのですか?
なんだか、疲れてるようですね。
相談したい事があるのですが、後の方が良いですか?」
と聞かれた。僕は話を聞くために、大きく深呼吸して気を引き締めた。
「アンダーソン中尉、どうぞ話してください。」と答えた。
そこが廊下だったため、ミーティングルームを求められた。
「ミスターソラマ、私を次の月派遣メンバーに入れてもらえませんか?」
「緊急な要件は、そんな事でしたか?
アンダーソン中尉も、ご存じの通り、
あなたはステーションの留守番役です。
地上とのやり取りは、私とあなたが勤めています。
2人のリーダーがリスクに曝される訳にはいかないのは
解っていると思います。無理を言わないでください。」
「ミスターソラマ、無理は承知です。ただ、月面に物資カプセルを
打ち込んで、計画が大幅に遅れたことは事実です。
何とか挽回したいんです。副リーダーをジェイソン少尉に譲っても良い!
ソラマを手伝わせてくれないか?」
僕には、アンダーソン中尉のこの情熱が何から来ている事なのか、
この時は解らなかった。何か、釈然としない事だけは確かだった。
メンバーは決まっていたし、各担当の訓練も必要だった。
だが、補助要員の代替という事なら可能性があった。
とりあえず返事を保留して、月派遣メンバーのミーティングを始めた。
すると、今度は、月派遣メンバーの1人のジェイソン少尉が
僕に相談に来た。「ソラマリーダー、
このステーションに来てから眠れないんです。体調も崩れ始めてます。
このままでは、月派遣でミスをする可能性があります・・・・。」
ジェイソン少尉は言葉に詰まった。
このジェイソン少尉の言葉でメンバーがざわつき始めた。
「皆さん、組み立て作業の手順を
戻って来たメンバーのアドバイスを聞きながら
確認してください。ジェイソン少尉のパートは、
アンダーソン中尉が入って、確認を続けて下さい。
僕は、ジェイソン少尉と話をしてきます。」
何の因果か、また、ミーティングルームに戻ってきてしまった。
だが、ジェイソン少尉の体調が優れないのは、見ていて解った。
任務が命に関わる事だけに、安易な判断が出来ない。
そして、資材カプセル1つ分のロスで、2週間分の時間を
ロスしている事も勘案しなければならなかった。
もう、これ以上の失敗は許されない。
ジェイソン少尉の体調の不安定さの聞き取りを進めながら、
僕は様々な展開を考えていた。そうすると、
アンダーソン中尉の案になってしまう。
‘でも、本当にそれで良いのか?’
どこか腑に落ちない僕がいた。
しかし、落ち着いて考える時間が無かった。
地球との交信室に入り、現状の報告と
アンダーソン中尉の申し出の理由と
ジェイソン少尉の体調不良の報告を
簡潔に伝えて許可を求めた。
交信室は、意外に、直ぐに変更を許可した。
全く代替案の提示などを求められもしなかった事に、
「許可は有難いし、他に提案も出来ていませんが、
本当に宜しんですか?」と、僕は思わず言ってしまった。
「ミスターソラマ、君が言い出したことじゃないか?
君は、我々をからかっているのか?」
「いえ、今はアンダーソン中尉のご厚意に
感謝するしかないのですが、
‘副リーダーをこんなに簡単に変えて良いものなのか’
とも思ってしまって・・、
すみません。」
「ミスターソラマ、言わんとすることは解るが、
24時間で飛行機で着きますという場所ではない。
そこの人員でフォローする他、
無いんだから仕方ないだろう!」
僕は、逆に諭されてしまった。僕は地球の司令塔との交信を終わらせ、
月派遣メンバーの所に戻り、今、決定した事項の報告と
他に、体調が悪いメンバーがいないかのチェックをした。
「では、交代はジェイソン少尉の作業補助の場所に
アンダーソン中尉が交代で入る事。アンダーソン中尉は
宇宙ステーションの留守番の引継ぎを本日中に終わらせて下さい。
明日、宇宙時間10時に出発いたします。
各自、準備を進めて下さい。」
僕は、みんなに指示を出し終えると
ガス噴射推進機のガスの充填と予備タンクの設置など
みんなの環境を少しでも良くできる様に準備を始めた。
ジェイソン少尉も、アンダーソン中尉も、
ホッとした表情だった。その表情はごく自然な事なのだが、
僕の中では違和感を感じていた。
宇宙ステーションを出発した時点からのアンダーソン中尉は
片時も僕の後ろから離れなかった。月の衛星軌道に入るまでは
気が抜けないのは確かだが、アンダーソン中尉の気合の入り方は
少し違っていた。1回目の操作を思い出しながら、
カプセルの操作をしている僕の行動を一つ残らず覚えようと
している様だった。まるで、次は自分で運転するかの様に!
「ソラマリーダー、前回の月面エレベーター用のワイヤーが
見当たらないようですが、大丈夫ですか?」
月の衛星軌道に入ったのを僕がチェックするや否や
アンダーソン中尉は、質問して来た。
「アンダーソン中尉、今から、それを皆に説明します。
ああ、全乗組員に告ぐ。当カプセルは、今、月衛星軌道に
入りました。前回の月面エレベータチェーンを設置した衛星に
30時間かけて徐々に近づいて行く予定です。
今の内に交代でチェーンの接続作業を進めて下さい。
6時間分(1グループ1.5時間を2交代)だけ作業して、
月用衛星軌道の衛星に近づこうと思います。
衛星と当カプセルがドッキング後に作業を再開いたします。
キュイン、キュイン・・・・。
赤外線センサーで接続できる自動運転に切り替えると
カプセルと月面衛星は、当たり前の様に短時間で
ドッキングを済ませてしまった。
相変わらず、この辺りの日本のお家芸には脱帽してしまう。
安心したのも束の間、宇宙ステーションよりラインが入って来た。
‘後、6時間後に物資用カプセルがそちらの軌道に入ります。よろしく!’
僕は慌てて、船外作業の準備に入ったメンバーに緊急停止を発した。
「今出ると、物資カプセルがぶつかってくる可能性があります。
緊急停止を発令します。ブーッ、ブーッ。」と初めて聞く
警報音と共に、緊急停止放送が流れた。
つづく Byゴリ