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ガール ミーツ ガール【連載小説】

初めて女の子に恋しました 03


 次の日も、次の日も、気がつくと成海さんを目で追っていた。

 朝、気だるそうに掃除をする成海さん。

 お客様が来るとそっと隠れて接客を回避しようとする成海さん。

 お客様がイケメンだと積極的に声をかける成海さん。

 立っているのが疲れてしゃがみこむ成海さん。

 休憩時間を取りすぎて赤星くんに注意される成海さん。

 怒られてもケロリとしている心が強そうな成海さん。

 ランチの後、立ったままウトウトしている成海さん。

 バックヤードの商品のソファで寝てしまって赤星くんに怒られる成海さん。

 怒られてもケロリとしている鉄のハートの成海さん。

 帰るときが1番楽しそうな成海さん。

 思わずため息をついてしまう。なぜって、どんな成海さんも可愛くて仕方がないから。人をこんなにも可愛いと思ったことはあるだろうか。姉の赤ちゃんでさえこんなに可愛いと思っただろうか。
 でも悲しいかな。私は外回りの仕事が多くてなかなかちゃんと話をする機会がない。可愛い仕事ぶりを観察する時間も少ししかない。そんな中、ようやく彼女の歓迎会の日がやってきた。

「な、成海さんって吉祥寺店でバイトしてたんでしょ」

成海さんの歓迎会は『Wind and forest』の店員とバイト全員が参加した。総勢8名。私は成海さんの隣の席をゲット出来て少し舞い上がっていた。ただ嬉しくてしょうがないのにいざ話しかけようとすると緊張して話題が浮かばない。ようやく絞り出したのが、赤星から得たこの情報。

「そうです。2年くらいバイトしてました。ホント、社員になれてよかったです」

 やばい、声が可愛い。横顔が、くるんと上を向いているまつ毛が可愛い。

「家はどこなの? 吉祥寺の方が近いんでしょ」

「実家から吉祥寺店は近かったんですけど。横浜までは通えないかなと思って、ひとり暮らしを始めました。今は高島町です」

 高島町まで可愛く感じる。

「じゃあ、店まで近いね」

「鈴野さんはどこに住んでいるんですか?」

「私は、ちょっと遠いんだけど菊名なんだ」

「あー分かんないや。私、横浜ってほとんど初めてで。だから、色々教えてください」

 そう言ってふんにゃり笑うから、私の鼓動は大太鼓並の爆音を鳴らし出す。

「成海さんのそのネイル、か、可愛いね」

 淡いブルーグリーンとシルバーの幾何学模様でおしゃれなデザインだ。

「ですよね、可愛いですよね。あぁ〜そうだ。ネイルサロンも近くに見つけないと。あ、鈴野さん、おすすめの店とかありませんか?」

「ごめん。私ネイルサロンは行ったことない」

というか、ネイルに興味がない。

「うそ、自分でやってるんですか?」

「うん、まあ」

「メンドクサくないですか? え〜、じゃあ今度一緒に行きません? やってもらうと気分上がりますよぉ」

「そう? じゃぁ、行ってみようかな」

「行きましょう、行きましょう」

と言いながら、成海さんは私の腕に触れた。とたんに心臓が跳ねた。あたたかくて少ししっとりとした手。うぶな中学生男子なら勃起したかもしれない。そしてその時の私はうぶな中学生男子のようだった。


「じゃぁ、帰らないといけない人もいるので、この辺でお開きにします。でも、まだいける人絶賛歓迎です」

 と、那月店長が場を閉める。子どもがいるアルバイトさんや社員が多いので、こういうイベント事の時は早く店じまいをして9時にはお開きになる。そして、大抵、私と赤星くんは残ることになる。

「成海さんはどうする?」

店長が声をかける。

「あ、私はもう飲めないので大丈夫です」

ちょっと残念だけれど、私は帰っていく成海さんを見送った。まだ、触れられた腕と体がドキドキしていた。


「ねぇ、赤星くん、成海さんはどう?」

 行きつけの焼酎バルに来て早々、那月店長が切り出した。ちなみに私も赤星くんも焼酎を飲むようになったのは那月さんの影響だ。

「いやぁ、結構きびしいですよ、彼女」

「きびしいって何さ」

 ちょっとムッとしてしまった。

「あの、なんていうか、最低限の事しかしないんですよ。最低限の事しかやりたくない、みたいな。しかも、たまに寝ちゃうんですよ」

「可愛っ」

「は、何言ってんですか」

 やばい、心の声が漏れていた…。

「吉祥寺店ではちゃんとしてたんですかね」

「奈良沢からは体がちょっと弱いけど、ちゃんと見てやれば大丈夫って言われた」

 奈良沢さんは吉祥寺店の店長で那月さんと似たような空気を発している。自然体で飾らなくて、でも特別感があるステキな男性だ。

「赤星くんは出来る男だから、出来ない子にイラついちゃうんじゃない? 広い心で見てあげなよ」

何気なく言ったつもりが、ギロリ、と赤星くんに睨まれてしまう。

「つうか、鈴野さんさ、成海さんに甘くない? いつもはビシっと言うじゃないですか。俺にだって」

「前に辞めちゃったバイトの子で成海さんみたいなマイペースタイプの子いたよね。鈴野いつもイライラしてたじゃない。ネイルが気になってソファ運べないならそのネイル取れ、とかさ。」

「それは、お、大人になったんですよ。私が」

「ほったらかしにするの、大人の対応ですか? 気がついたら注意してくださいよ」

「え、そんなにダメな事してないんじゃない?」

「はぁ? 仕事中に、立ったまま壁に寄りかかって寝てるんですよ。ダメでしょ」

「それは一瞬でしょ。可愛いもんじゃない」

「どこがですか。何言ってんですか」

「え、赤星は可愛いと思わないの、成海さんのこと。髪型とかメイクとかさ、時間かかってるよ、あれ。一生懸命可愛くなろうとしてるじゃん」

「一生懸命になってほしいのは仕事! 頑張る所違うし。つうか、あんなにあざとい髪型やでかいカラコン、可愛いと思わないし」

「おい赤星、あざといってなんだよ」

「ちょっとちょっとちょっと、ストーップ」

 ヒートアップしてきた私と赤星くんの間に那月さんが割って入った。

「わかったわかった。赤星くん、来週からは私も店に居られるし、成海さんの事は私もフォローするから」

「すいません」

「鈴野」

「はい」

「成海さんとは仲良いみたいだから、メンタルのフォローしてあげて」

「わかりました」

「私にとっては、赤星くんも鈴野も頼れるチームメイトだから。うまく役割分担してやっていこうよ」

「はい」「はい」

「ただ、正直。私、カラコンって苦手なんだ。成海さんのは特に、でかくない? ほら、白目と黒目のバランスってあるでしょ…」

 あれ? 那月さんも赤星くんも成海さんのこと可愛いと思わないのかな?

 ……………。

 もしかして、こんなに可愛いと思ってるのって

 私だけ?




 ある日、いつも通り店に出勤すると、お客様用のトイレから歌が聞こえてきた。
 朝、トイレを掃除するのは成海さんの仕事だ。
 そっと覗いてみると、成海さんがノリノリに歌を口ずさみながら、座り込んで便座を丁寧に拭いていた。

「お、おはよう」

 声をかけると、成海さんは驚いて振り返った。

「あ、鈴野さん、おはようございます」

「ノリノリだね」

へへ、と成海さんは恥ずかしそうに笑った。

「私、トイレ掃除って好きなんです。ここのトイレって可愛いからテンション上がるんです」

「そうなんだ。べっぴんさんになれるで」

「???」

「あ、トイレの神様って歌、知らない?」

「ちょっとわからないです」

「ごめん、邪魔して。あ、続けて」

 ドキドキした。仕事に積極的ではない成海さんの、別の一面を見れた気がした。トイレ掃除っていう人が嫌がる事を楽しそうにやっているのが、ステキだと思った。


 ちょうどお昼の時間が成海さんと重なった。
 白飯にハムエッグを乗せただけの激烈手抜き弁当にしたのを死ぬほど後悔した。弁当の中身を見られないよう、ちょっと離れた場所で隠すようにして食べた。
 成海さんはコンビニのパンを頬張っていた。

「鈴野さん、お弁当作ってるんですね。すごーい」

「全然すごくないよ。野菜入ってないし」

「はは、私も野菜ないです。同じー」

「成海さん、パン好きなの?」

「トーストは好きじゃないんですけどぉ、こういう味がするパンは好きです。あと、お米が得意じゃないです。味しないんで。この世で一番パスタが好きです」

 うわー、なんか独特な基準だー。

「そうなんだ。何パスタが好き?」

「絶対カルボナーラです。え、鈴野さんは?」

「私? 私は…。たらこスパゲッティかな」

「たらこ! 美味しいですよね〜。たらことバターだけで美味しいですもんね!」

「そうそう、大葉たっぷりかけると美味しいよね」

「あ、大葉は苦手です」

「うん、大葉はなくても美味しいよね」

「あの、ちょっと寝てもいいですか。店長が休憩時間に少し寝るといいって」

「うん、もちろん。どうぞどうぞ」

「すいません」

 そう言って成海さんはハンドタオルを机にひいてその上に突っ伏してしまった。
 あ、ネイルサロンの事、話せばよかった。
 音を立てないように弁当箱と水筒を片付けると、スマホを開いた。スマホの画面を眺めるふりをして、そっと成海さんを見る。すーっと寝息が聞こえる。顔は見えないけれど、上下する背中が愛らしい。見ているだけでゆったりとした幸せな気持ちになる。と同時に、近づきたいような昂ぶる感覚が湧いてくる。
 匂いを嗅ぎたい。
 って、変態かよ。
 でも、近くで体温を感じてみたい。
 そう思うのは、おかしい事かな。
 おかしい事なのかな。



「ねぇ成海さん。ネイルサロン探すとき、何かこだわりってある?」

 その日は前の日から大雨が予報されていたおかげで、客が全くと言っていいほどこなかった。とはいえ、仕事は接客だけではないので在庫のチェックやポップの入れ替えなどを主にしていた。ちょっと手が空いたところを見計らって成海さんに声をかけた。

「うーん。特にはぁ。値段と店の雰囲気ですかねぇ」

「なんかね、みなとみらいの方でオープン記念で半額になってる所があるんだけど」

「まじですか。えー、気になる。そろそろ行きたいなぁって思ってたんですよ」

「あとで店のサイト、見てみる?」

「見ます見ます、お願いします!」

 そう言って成海さんは手を合わせてニッコリ微笑む。この笑顔が見たかった。この可愛さが私を心地よくドキドキさせてくれる。
 そのネイルサロンはキャンペーンのおかげで予約がいっぱいだったけれど、今日ならキャンセルが出て空いているという事だった。夜には雨も弱まるだろうと踏んで、私と鳴海さんは仕事終わりに2人で行く事にした。

 しとしとと降る春の雨は温くて心地よいとは思えなかったが、成海さんと傘をさして並んで歩くだけで世界は変わる。雨の音も匂いもすべてがドキドキに変わる。

 初めてのネイルサロン。
 楽しそうにオーダーしていく成海さん。私はよくわからないからと、成海さんに選んでもらった。可愛いとか似合うとか本当にどうでもよくて、成海さんが選んだというだけで私の爪は世界で2番目に愛おしい爪になった。1番はもちろん成海さんの爪。

「鈴野さんははっきりした色が似合いそう」

 そうか。私ははっきりした色が似合うのかぁ。そんな風に思ってくれるんだ。
 選んでくれたお礼に夕飯をご馳走したいな、と誘ってみると喜んでくれた。
 お気に入りの韓国料理屋で石焼ビビンバとサムギョプサル定食とビールを頼んだ。お米苦手じゃなかったかなと思ったけど、味がする丼ものは大丈夫なんだとか。
 2人とも辛いのはあんまり得意じゃないという事がわかって「気が合いますねー」と喜んでくれた。私は韓国ドラマも見るし、海外物も日本のもドラマ全般好きだというと、成海さんはドラマはほとんど見ないと教えてくれた。休みの日とか、暇な時は何してるの? と聞くと、動画サイトでユーチューバーの番組とかを見てるらしい。

「なんかぁ、ちゃんと現実に起きている事が好きなんですよぉ。ユーチューバーってぇ、なんか友達の友達っぽいじゃないですかぁ。信用できるっていうか。ドラマとか映画って作り物だからなんか信用できなくて……」

 ……発想が斬新。
 かつての私なら「バカなの?」と呆れていたかもしれない。なのに、今の私はそのバカっぽい感覚が新鮮で可愛く思えてしまう。
 成海さんがいるというだけで、この世界が輝いて見える。すごく愛おしく感じる。
 この感覚ってなんだろう。と、ひとりベッドの中で考えた。
 両手を広げて成海さんに選んでもらったネイルを眺める。青、白、赤がならんだシンプルなデザイン。
 パリかよ。何故にトリコロール?
 成海さんにとって私のイメージはトリコロールなの?
 そう思ったらちょっと笑いがこみ上げてきた。

 可愛い子。

 まただ。

 すぐに可愛いと思ってしまう。
 “痘痕(あばた)も靨(えくぼ)”か、“恋は盲目”ってやつかな。

 …………。

 そう思ってからハッとした。

 恋? え? まさか。

 可愛いと感じるのは、恋をしてるから?

 好きだから?

 好き?

 いやいやいや。ただ可愛いって思うだけ。
 でも、鳴海さんのことを思い出すと胸がドキドキする。
 確かに、この感覚は、恋に似ている。

 そうか。私は、成海さんの事が、好きなんだ。

 好きだから可愛いと思うのだ。

 なるほど。。。

 え? 私、女の子を好きになったの?

 そんな風に自分の気持ちを解明しようとして迷宮のラビリンスを彷徨い歩いて、気がついたら朝を迎えていた。

 


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