『碧と海』 連載小説【3】
「何て答えた?」
「あぁ、それさぁ、桂木、なんでユミたちにやってないって言ったの?」
「なんでって、何もしてねぇし。そう言うよ」
「だって俺たち付き合い初めてもう二年近く経ってるよね。何もないわけないじゃん。だからあいつらも疑ってんだろ。適当に話し合わせておけばいいじゃん」
「まさか、なんて答えた?」
「シャイな桂木が素直にやったって言うわけないだろ、って」
「はぁ? まじかよ」
桂木は、はぁ、とため息をついて弁当の蓋を乱暴に閉めた。その態度に少しイラっとする。
「俺とやってるって思われるの、嫌なわけ?」
「わかんね。もう、いいよ。その辺は適当に濁しておこう」
「いや、はっきりさせないと気持ち悪いんだけど」
ずっずずずずぅぅぅる。
桂木がストローでパック牛乳の最後の数ミリリットルを音を立てて吸いきる。挑発してる。
「おいっ」
思わず桂木の牛乳を持つ手を掴む。桂木はやんわり俺の手を振り払って言う。
「外、出よう」
蝉の大合唱の中、俺と桂木は人目につかない校舎の影にいた。
俺は珍しくイライラを隠さなかった。
「あのさ、二年付き合ってる男女が、何もしてないっておかしくない?」
責めるような口調になってしまう。
桂木は壁に寄りかり、黙って俯いている。
「まぁ、実際、何もしてないけどね。でもさ、してる事にしたほうが無難じゃね。してないより」
桂木は腕を組んで目を合わさない。
こんなことって今までなかった。桂木はいつもサバサバしてて、裏表がなくて、感情が分かり易いくらい表に出るタイプだ。なのに、今、桂木の考えている事が分からない。
「しくねえよ……」
桂木は頭を掻きながら言いにくそうに呟いた。
「は? 何?」
「何もしてなくても全然おかしくねぇ、つってんの」
「……まじで言ってんの?」
「だいたい、してないとおかしいとか、そういう考えの方がおかしい」
「それは桂木の考えだろ。世間一般の考え方からしたらおかしいだろ」
「セックスなしの恋愛って、そんなにありえない?」
桂木の鋭い視線が俺を捉える。強い、けど俺を責めてるわけではない。ただ、まっすぐ刺さってくる。
心臓がドクドク音を立て始める。
「あ、ありえないだろ」
「セックスって何。そもそも」
「それは……」
「子供を作る行為だろ? だったら私たちに関係なくねぇ」
「そんなの極論だろ。全く説得力ないね」
桂木の視線はますます鋭くなる。でも俺だって、負けない。
「佐倉は、体が繋がらないと愛し合ってるって思えないのかよ」
「それが、普通だろ。大多数だろ」
「大多数じゃなくて、佐倉はどう思ってるんだよ」
「俺がどう思ってるかは関係ない。周りがどう思うかなんだよ。忘れたのか? 俺たちは普通のフリする為に、恋人のフリしてるんだぜ」
フリしてるんだぜ。フリしてるんだぜ。フリしてるんだぜ……。自分の言葉が頭の中でこだまする。
どこかで蝉が悲鳴のような音を立てて飛び立つ。
落ちて来た前髪を搔き上げ、桂木は俺を見て言う。
「……そうだな。そうだったな。じゃぁ、今度からはやってないとは言わない。それでいい?」
桂木が折れた。折れてくれた。でも、もう俺の気が済まない。
「いや、よくない」
桂木はあからさまに舌打ちをする。イラっとする。
「はいはい、わかったよ。やった、私はお前とやった。いい?」
「ダメ」
俺は桂木ににじり寄った。
「桂木は体で繋がらなくてもいいわけ? それで満足出来るわけ?」
ぶぶぶと頭の中に羽音が響く。てんとう虫の羽音が。頭の中で、てんとう虫が羽ばたいている。
「なんなんだよ」
ぶぶぶ。
「セックスなしの恋愛ってありなわけ? 桂木はそう思ってるのかよ。なぁ、答えろよ」
ぶぶぶ。
「知らねえよ。つうか、なんだよ」
桂木はの声が小さくなった。俺を睨みつける瞳に、一瞬恐怖の色が浮かんだように見えた。
羽音が止まった。桂木を壁に押し付ける体勢になっているのに気づき、慌てて離れた。
桂木は何も言わず、俺の横をすり抜けて行ってしまった。
あぁ、なんでこうなった。
俺は桂木がもたれていた壁に頭をつける。
やったとか、やってないとか、どうでもいいのに。
俺は期待してない。希望も持っていない。
多くを望んでいない。
俺と桂木は恋人同士のフリをしている。ただそれだけ。
女の子とは付き合わない、という俺の決意は、ぎりぎりの所でまだ崩れてはいない。
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