『碧と海』 連載小説【35】
『レストラン・アリゾノ』のモーニングは今日も変わらず美味かった。
目の前に桂木がいるっていうのが、なんかデジャブのような。
お互い、なんとなく気恥ずかしい感じで、もちろん、昨夜の事には触れない。
「やっぱ、トーストはバターだな」
桂木は美味そうに頬張る。
「まじ? 桂木もバター派?」
「うん。でも、家だとジャムオンリー。バター高いし、ウチ家族多いし」
「兄弟六人だっけ。消費量ハンパなさそうだな」
「実はさ、七人目が……」
「え?」
「七人目が冬頃産まれる予定。いいんだけどさ、下手すると私が産んだみたいに見えなくも……」
桂木は途中で言葉を止めた。恥ずかしくなったんだな。顔が真っ赤だ。
「俺、一人っ子だから、桂木の兄弟に会ったら戸惑うかも」
「一人っ子じゃなくても戸惑うよ。きっと」
「俺さ、兄弟がいないからか、一人で生きてる、っていう感覚が強い気がするんだけど。でも、兄弟がいると、特に大勢いると違うんだろうな」
「まぁ、部屋も共同だし、お風呂だって一人じゃないし。一人で生きてる感覚はないかな」
「あのさ、俺……」
「おっは〜」
突然、声がして驚く。カウンターから早紀さんが手を振っていた。
「海斗くんが女連れ込んでるって聞いて、見に来た。超かわいいじゃん」
桂木がどうも、と戸惑いながら笑みを作る。
「早紀さん、言い方下品」
と、厨房から碧が出てくる。
「何よ、全部冷蔵庫に入れた?」
「俺がやると、マズい事になりますよ」
そう言われて、早紀さんは渋々厨房へ入っていく。代わりに、碧がこちらにやってくる。
「おはよ、百花ちゃん」
「あぁ、おはよう、え?」
何故か、碧は桂木の隣に座る。見た事があるような光景。
デジャヴ。近い、近いよ。
「あのさ、百花ちゃんはさ、海斗のどこが好きなわけ?」
「ちょっと、何言い出してんの、お前」
碧に覗き込まれて、桂木は顔を赤くしている。
「面倒くさくない? こいつ」
「うん、面倒くさいよ。かなり」
「だよね。でも、好きなの?」
「だから、おい」
桂木はパンをちぎりながら俺を見る。俺は思わず顔を逸らす。
「面倒くさいけど、まぁ、好きみたい」
投げやりな感じで桂木が言うと、碧がくくくっと笑う。
「海斗、おい、やったな。もっと自信持て」
なんだこいつ。
「何なの? 急に来て、羞恥プレイ?」
「あのさ、百花ちゃん」
「聞いてんのかよ?」
「俺、海斗の友達でいていい?」
え?
「それは、別に、私に許可なんか取らなくても。むしろ、こっちからお願いしますって感じ」
「そ? じゃぁ、百花ちゃんとも、友達でいていいかな?」
「え、もちろん、いいに決まってるよ。そんなわざわざ聞かなくても」
桂木の顔、赤い。つうか、何故俺には聞かない。
「おかしいぞ、碧。どうした?」
「おかしいかな、やっぱ」
碧は手元にあったナプキンを畳んだり、開いたりしながら、落ち着かない。
「だってさ、俺、どういう風にしたらいいか分からないんだ。三人でいるのすごく楽しかったし。でも明日香は二人の邪魔をするなって言うし。俺、邪魔はしたくないし」
やばい、俺と桂木、きゅんきゅん来てる。この男、狙ってやってるわけじゃないよな。
「邪魔なわけないじゃん。碧くんと友達になれて嬉しいよ」
そう言って桂木はさらっと笑いかける。碧も恥ずかしそうに笑って応える。
「よかったら、また遊びに来なよ」
「もちろん」
「俺はまだ帰らないけどな」
「あぁ、そうだ、写真撮る? 三人で」
桂木がスマホを取り出した。
俺と碧が桂木を挟む形で並び、店員の女の子に撮ってもらう。 碧は仕事があるから、と桂木に別れを告げる。本当に別れがたいと思ってるみたいで、なかなか桂木のそばから離れようとしない姿が、なんか微笑ましかった。
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