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ガール ミーツ ガール【連載小説】

初めて女の子に恋しました 04

 考えるな、感じろ。

 そして認めろ。

 私は“恋に落ちた”のだ。

 なんども違うと思い込もうとしたけれど、

 まさか、私が、同性の女の子をスキになるなんて。

 というか、いいの?

 この恋は貫いてもいいの?


 鳴海さんを好きだと確信してからは、よりいっそう好きという気持ちが強くなった。
 一緒にネイルサロンに行ってから、鳴海さんとの仲も近くなって、連絡先も交換した。
 相変わらず私は外回りが多くて、店に入る鳴海さんとはあまり一緒になれない。でも、たまに仕事帰りに一緒にご飯を食べたり、オススメの動画を教えあったりしている。
 そんなある日、久しぶりに店長の那月さんから飲みに誘われた。私は鳴海さんへの気持ちを1人で抱えるのを持て余し、誰かに話したい欲求にかられていたので、思い切って打ち明けることにした。

「成海さんのことが、好きみたいです、私」

那月さんはあからさまに驚いた顔をして、言葉を亡くした。

「すいません、引きますよね」

「引くって言うか、え、鈴野ってそっちもイケる人だったの?」

 那月さんの顔が引きつっているように見える。

「いや、女の子を好きになったのは初めてです。自分でも想定外です」

 そう、たくさんではないけど、彼氏がいたこともあった。結婚を考えた男もいた。これまで男しか好きにならなかった。

「鈴野、成海さんみたいな女の子女の子してる子って苦手じゃなかった?」

「苦手ですよ。流行りものが好きでキラキラをふわふわと追いかけて男に可愛いと思われることが人生の目標になってるような。そんな女の子はちょっと苦手です」

「成海さんじゃん、それ」

「ですよね。でも、不思議と成海さんなら何をしても可愛いと思ってしまうんです。イケメンの客に媚びてても、仕事サボってスマホ見てても、盛り盛りの自撮りを恥ずかしげもなくインスタに上げてても。可愛いとしか思えないんです」

「それはビョーキだ」

「ビョーキです。恋煩いです」

 私と那月さんは同時に深いため息をついた。

「鈴野は、辛いの?」

「辛いといえば辛いです。なんか、成海さんがそばにいると心臓が常に全力疾走してるように苦しいんです。誰かを想ってこんなにもドキドキするなんて、ちょっと初めてかも」

那月さんは少し複雑そうな顔をした。

「あぁ、でも那月さんに話せてよかった。1人で抱えてると暴発しそうで」

「成海さんには言わないの? 気持ち、伝えないの?」

 気持ちを伝える?

「あぁ、そうか。そこまで考えてなかった。なんか、好きな気持ちでお腹がいっぱいというか」

「彼氏はいないの? 成海さん」

「あ、どうなんだろう。でもいても別にいいかなぁ」

「あきれた」

那月さんはワインを飲み干し、空のグラスを強めに置いた。

「鈴野さ、それは本当に恋か? パンダ見て可愛い〜って言ってるのと同じように聞こえるんだけど。もしくは孫。孫は何やっても可愛くて許せる。鈴野のそれはリアリティがないよ。恋愛とはまた違うんじゃない?」

ショックだった。図星のような気がした。私は、パンダか孫を愛でるように成海さんを見ているのかもしれない。だって、見ているだけで満足なんだもの。

「そうですね。そうかもしれません」

「でもまぁ、恋のはじまりなんてそんなもんか」

「なんだかよく分かりません」

「なんにしろ、ときめく事があるのはいいことだよ。パンダにしろ孫にしろ。ときめきは悪くない」

「じゃぁ、私はこのまま成海さんを可愛いと思っていていいんですかね」

「そんなの、私が決めることじゃない」

「よし、じゃぁ、まだしばらくこの気持ちに身を委ねて見ます。本当の恋なのかは分からないけど」

成海さんへの気持ちを受け入れたら、なんだかワクワクし始めた。早く成海さんに会いたい。



「どうするんだよ! さっき俺言ったよね。今日発送するから梱包しておいてって」

「えっと、言ってなかったと思います」

「言ったよ! なのに、なんで売っちゃうんだよ」

「だって……」

「え、どうしたの、赤星くん。鳴海さん」

外回りから店に帰ってきたら赤星くんと鳴海さんに何かが起きていた。バックヤードにいたバイトさんも何事かと出てくる。

「売却済みの紅葉さん(作家さん)のガラスのランプを他の客に売ってしまったんです。持ち帰ってしまって返してもらおうにも出来ないんですよ。ったく梱包を頼んでおいたのに、売るなんて最悪」

 赤星くんは怒り心頭だ。

 鳴海さんは下を向いている。

「鳴海さん、そうなの?」

「あの、梱包は在庫のものでいいかなと思って」

「一点物って知ってるよな。これは、在庫ないの。分かんなかったら聞いてからにしろよ。つうか、ほら、ちゃんと聞こえてたじゃないか」

「……すいません」

「もう、会計も済んでんだよ。こういうの一番信用失くすんだよ。どうするんだよ」

「……ご、めん、なさい……グスッ」

「泣きたいのはこっちだよ」

鳴海さん、泣いてしまった。赤星くんも冷静じゃない。

「斉藤さん(バイトさん)さ、紅葉さんに連絡してランプの在庫あるか、もしくは制作予定があるか聞いてみてくれる?」

「はい、わかりました」

「発送する予定だったお客様には私から連絡するから。赤星くん、伝票頂戴」

「いや、いいです。俺が電話します」

「君、今冷静じゃないから。私がやる」

って、先輩ぶってみたけれども、お客様は相当怒っていた。泣き止んで落ち着いた鳴海さんに話しかける。

「鳴海さん。ハンドメイド品は一点一点違うの、わかるよね」

「はい」

「特に紅葉さんのガラスなんかは、皆さん恋に落ちて買っていくの。電話したお客様もそう。別のガラスランプじゃ代わりにならないかもしれない。赤星くんの言う通り、こういうことは信用を失うから」

「はい」

「でも失敗は誰でもする。大事なのはその後どうするか」

「はい」

「じゃぁ、気持ち切りかえよっか」

「はい」

とはいえ、鳴海さんの気持ちは切りかわることなく、ずっとうつむき加減で落ち込んでいた。赤星くんもイライラが収まらず、居心地の悪い空気が換気されることはなかった。

次の日も赤星くんと鳴海さんは険悪な雰囲気のままだった。仕事に集中できないのか鳴海さんは小さなミスをし、赤星くんはさらにイライラをぶつける。しかもこんな時に店長は昨日から病欠。とりあえず、閉店後に赤星くんに話をしよう。

「赤星くん、気持ち切り替えてよ。らしくないよ」

「切り替えろって、あの人まだ一度も謝ってないですよ。俺にも、お客様にだって」

「そうなの?」

「ちゃんと反省してるなら俺だって」

「にしてもさ、発送の件、人に任せちゃったの良くなかったんじゃない? いつもならお客様の前で梱包して伝票貼るまでやるじゃない」

「あくびしてたんですよ、鳴海さん。だから仕事を振ろうと思って。したら、立て続けに問い合わせが入って、まかせきりに」

「しかも斉藤さんは休憩中だった。なるほどね」

「俺がやってたらと思いますよ。でも、じゃぁ鳴海さんはなんなんですか。何のためにいるんですか」

「そうだよね」

「まじ、ムカつく」

「わかった。鳴海さんにはもう一回話してみるよ。だから赤星くんもイライラ治めて、ね」

 そう赤星くんと約束した次の日から、鳴海さんは店にこなくなってしまった。

「無断欠勤してるの?」

5日も病欠していた那月店長がようやく戻って来た。

「店長はもう大丈夫なんですか?」

「大丈夫。びっくりしたわよ、胃腸炎で入院なんて。それより、鳴海さんのこと」

「昨日は体調不良で休むって連絡があったんですけど、今日は連絡ありません。LINEも送ってみたんですけど、見てないみたいです」

 病み上がりの店長はやつれて見えた。前から細いけれど、さらに細くなった気がする。
 私たちがいるバックヤードへ、赤星くんが入ってきた。

「赤星くんがキツくあたるから、鳴海さん来なくなっちゃったじゃない」

「俺のせいですか? 失敗して反省してないのは鳴海さんですよ」

「はいはい。これ以上空気を悪くしないで」

 赤星くんはふてくされた顔をしている。
 ふうっと深いため息をつく那月店長。

「とりあえず鈴野、鳴海さんと会って話ししてみて」

「私が?」

「そう。私、ついイラッとしちゃいそうだから」

 えぇ〜。
 今度は私が深いため息をついた。

 

 次の日。
 LINEの既読がつかないから電話をしてみると、あっさりと出てくれた。体調の具合を聞き、困っていることはないか聞く。食欲がなくだるいらしい。思い切って家まで見舞いに行ってもいいか聞いてみる。私だけならいい、ということで仕事を早めに切り上げて鳴海さんの家に向かった。
 食欲がなくても食べられそうなフルーツゼリーやヨーグルト、プリンを買った。あと、レトルトのスープを何種類か。迷ったが、鳴海さんの好きな菓子パンも買った。
 本当はおかゆとかうどんとか作ってあげようかと思ったのだけれど、ちょっと重いかなと思ってやめた。
 鳴海さんの体調は本当に心配なのだけれど、彼女の役に立てる、そばで支えられるという喜びが湧き上がってくる。しかも彼女のプライベート空間に入れる! その嬉しさで心臓がバクバクと落ち着かない。

 エレベーターのない古めのマンションの4階に鳴海さんの部屋があった。
 呼び鈴を押すと部屋着の鳴海さんが出迎えてくれた。

「ど、ども。ど、どど、どお? 体調は」

 いきなりしどろもどろになってしまったのは、ほぼすっぴんの鳴海さんだったから。
 やばい、これは、可愛すぎる。
 1DKのこぢんまりとした部屋に通される。
 カラコンしてない。マスカラしてない。髪も巻いてない。ピンクのスウェット可愛い。まさかの、オフショット。やばい、部屋が鳴海さんの匂い。いい匂い。これは、理性を保てるのか?

「あ、これ。食べやすそうなもの見繕ってきた。よかったら」

「ありがとうございます」

 鳴海さんはあからさまに元気がなかった。

「ねえ、プリン食べない? 私、食べようかな」

 そう、プリンを食べながら、私は赤星くんの話を持ち出した。

「赤星くんと気まずい?」

 鳴海さんは黙って頷いた。

「赤星くんと話した? 今回の事について。その、迷惑かけたじゃない? それについてとか」

 鳴海さんはぶんぶんと首を横にふった。

「だって、赤星さん、私の事嫌いだから」

「え?」

「嫌われてるのに、話せないじゃないですか」

 おっと。そうか。鳴海さんは感情が先になってしまうのか。

「赤星は鳴海さんを嫌ってないよ」

「嫌われてます。嫌いだから怒るんじゃないですかぁ」 

「嫌いだからじゃないよ。赤星は好き嫌いで態度を変える奴じゃない。赤星は、鳴海さんがちゃんと謝れば許してくれるし、ちゃんと相談すればちゃんと答えるよ」

 鳴海さんは目をパチパチさせてちょっと驚いているようだ。

「もし、分からない事、出来ない事があればちゃんと話してごらん? あいつはちゃんと話をしてくる人のこと絶対にないがしろにしないから」

「ホントに? ホントに嫌われてない?」

「嫌われてないよ」

「よかったぁ」

 鳴海さんの顔がぱあっと明るくなった。
 よかったぁ。彼女の笑顔が見られて、私も安心した。

「ねぇ、プリンおいしいでしょ」

「あ、うん。おいしい。……あっ」

「ん?」

「私、こんな、部屋着で。しかもすっぴんだった」

 鳴海さんはいまさら慌てて髪の毛を整える。

「別に、か、可愛いよ」

「え〜、そんなことないですよ〜」

と言いながら、腕にもたれかかってくる。
 まじか。

「鈴野さんが優しい人でよかったぁ。鈴野さんいなかったら私……」

 私……?

「私、鈴野さんの事好きです」

 ……

 ……

 ……

 ええええええ!!!


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