星空書房で文フリに出展させていただきました。 お買い上げくださったみなさま、本当にありがとうございました。 思っていた以上に、たくさんの方にお迎えいただくことができて、 とっても嬉しかったです。 冬も出展したいなと考えています。 またたくさんの方とご縁がありますように。 本を買ってくださった方から、自分も書きたいけど…と声をかけていただきました。そのときにお伝えした内容と重複するのですが、しっかり伝えられなかったかもしれないので、こちらにも書きます。 <小説が書きたい
父の車をまだ名義変更できずにいる一周忌
胸元をそっと触って鼓動を確認するようになった12歳の朝
夜。それまでしんとしていた空間が揺らいだ。コンサートが終わったのだ。雪がちらつく今宵の夜は寒く、会場内に密集していた熱気が外気に触れて、白く淡く人々を包んでいた。 赤いりんごのようなほっぺをしたたくさんの人の中に桜と蓬もいた。人いきれの中、ぶつからないように器用に地団駄を踏んだり両手をぶんぶん振ったりと忙しい。 「もうもう、最高だったね!」 「かっこよかった! てかさ、席すごくなかった!?」 「それ! 前から10列目とかさあもうさあ〜」興奮冷めやらぬといったふうに、2人は
紗耶の朝は、戦場のように騒がしい。 食卓でぐずる者。早々に朝食を食べ終わったかと思ったらリビングのおもちゃ箱にダッシュする者。もう家を出る時間が迫っているのに、パジャマのままで走り回る者。自由奔放に行動する3人の子どもたちから片時も目を離せず、紗耶は絶え間なく声をかけ続ける。この日は朝、テレビをつけたのがいけなかった。数日前にオープンした遊園地の特集に、3人の目が釘付けになった。 「みわ! こうじ! あやか! いい加減にしなさい!」 遊園地に行きたいと合唱し始めた3人をなだめ
風が頬を凪いで目が覚めた。真夏の、まるでフイルムが白飛びしているような光の中だった。窓は少しだけ開いていて、閉めていたはずのカーテンが風ではためいていた。 私はゆっくり起き上がる。いつもこうして、休日は昼寝をしてしまう。特にこの一週間は、毎日こうして午後の遅い時間に目が覚めた。心地よい日だまりの中ゆっくりと意識が遠のくのは至福なのだが、いつも目が覚めるとすでに陽が落ちていて、部屋の中は暗く音一つ無い。まるで絶望と孤独の中で目覚めるようで、いつか死ぬのだとしたらきっとこの
最近、耳鳴りがするようになった。同時に耳に水が入ったように自分の声がくぐもるようになったので、忙しい合間に休みをとって美季は病院に行くことにした。 この歳で外耳炎になるなんて面倒だなあ。美季が思ったのはそれくらいのことだった。 美季は数年前に、岐阜の山深い街から東京に出てきた。今はブックデザイナーの仕事で生計を立てている。 ブックデザイナーの仕事は、美季がずっと夢見ていたものだった。岐阜にいるときに通信でデザインを学んだが、仕事を見つけることができなかった。今流行りの
パステル色のブルーとピンクが交じりあったような海の色だった。空も海と同じ色をしていて、ずっと歩いていると自分がどこにいるのか分からなくなる。 たすきがけにした大きなカバンの肩ひものところを握りしめて、ヒムカがまっすぐ海の上を歩いて、梯子のところにやってきた。 梯子はずっと上まで一直線に伸びている。どこまで続いているのか、ヒムカの場所からは見えない。 ヒムカはカバンが背中に来るようにちょっとだけ調整すると、梯子に手をかけた。 まるで砂時計の中にいるようだとはよく