〜ちょっと知るだけでファッションがもっと楽しくなる〜 意外と把握されていない『いい生地』と『そうでない生地』の違い
遠州産地に、高度な機織り技術が蓄積されていた理由
今月8月にOPENしたentranceショップのことについて先日、記事を書かせていただきました。
■紡績工場跡地で伝える、“遠州織物の本質” -entranceショップのOPEN-
この記事では、日本の近代繊維業の発展の基となる織機の製造メーカーが集積していた「遠州産地」には、当時、「十大紡」と呼ばれる大手紡績企業すべてがあったことをご紹介しました。
これはとても珍しいことで、その理由が「いい生地とはどんな生地で作るのにどんな難しさがあるのか」を理解しやすい切り口になると思いますので、あらためて解説させていただこうと思います。
紡績とは、綿を糸にする工程です。紡績企業として自社の力を示すためにはいかに「細番手の高級糸」を作れるかが重要で、当時から、そうした技術力を示すために大手紡績企業はしのぎを削っていたわけです。
こうした細番手の高級糸を高密度に織った生地がいわゆる「高級ブロード生地」や「高級ローン生地」としてアパレルで重宝されるわけなんですが、ここでハードルになるのが「細番手の高級糸」を「高密度」に織る、ということ。
これがとにかく難しい。糸が切れるし、織り傷もたくさん生まれます。
糸に負担をかけないよう低速の織機を使い、適切に糊付けされた糸を、熟練の職人がさまざまな部品や糸の張力など調整をし続けることで、「細番手高密度の生地」は、はじめて織れるのです。
紡績企業として、どれだけ良い糸を作ったとしても、織ることができなければ生地にならず、洋服は仕立てられない。どれほど高級な糸を開発できたとしても、その力を示すことができません。
「遠州産地」に十大紡のすべてがあったのは、こうした「細番手の高級糸」を「高密度」に織る、という技術を持っている稀な地域だったからです。
では、なぜそんな高い技術が「遠州」にあったのかといえば、それは当時、織機を作る製造メーカーが集積していた国内有数の地域だったからです。
今でも浜松に本社を構える「スズキ」は、もともと鈴木道雄が立ち上げた織機メーカー「鈴木式織機製作所」で、「鈴木式織機」を製作していました。
現在でも、昔ながらの機屋さんたちに多く扱われている「阪本式織機」を生み出した阪本久五郎の織機メーカー「遠州織機」も浜松。
「トヨタ」も、もともとは織機メーカー「豊田自動織機製作所」で、日本で初めて自動織機を発明したトヨタグループの創始者である「豊田佐吉」は遠州生まれです。
ホンダの本田宗一郎も浜松生まれで、浜松で創業。
山葉寅楠の「ヤマハ」や、河合小市の「カワイ」などの世界的な楽器メーカーも浜松に集中しています。
こうした世界的なメーカーが、局所的に遠州から生まれていったのはなぜか?
それは、複雑な「織機」を発明し製造するメーカーが集中していたことから、高いエンジニア技術が浜松に蓄積され、国内有数の「発明の街」として発展していったからだと言われます。
こうしてみると、そんな複雑な織機を作る・扱う、といった高い職人技術が浜松にあったことは、自然なことだというのがわかると思います。
「十大紡」のすべてが拠点を構えることも自然であるし、難しいとされる「細番手の高級糸」を「高密度」に織る技術が、浜松だからこそあったわけです。
意外と知られていない「いい生地」と「そうでない生地」の違い
さて、それでは今回の本題であるタイトルの「いい生地」と「そうでない生地」の違いについてですが、みなさん意外と知っているようでよくわからない、というのが実際のところだと思います。
「いいワイン」と「そうでないワイン」の違いみたいなもので、分かりそうで実は全然よく分からない。
もはや値段が高ければいいワインだと思いおいしく感じてしまう、なんていうのが普通の感覚だと思いますが、ワイン専門家の人からすれば、「いいワイン」と「そうでないワイン」の違いははっきりとあって、はっきりと説明ができるわけです。
生地の世界も全く同じで、実は繊維関係者の方は誰もが、この違いをはっきりと分かっています。そして難しいワインの知識よりも、全然かんたんにその違いが分かるようになります。
生地の良し悪しを知ることで、洋服を選ぶ楽しみはもっともっと広がるはず。そんなわけで、今年いろいろなところで開催しているトークイベントでは、その解説をさせてもらってきました。
詳しく掘り下げていけばもちろんいろいろとマニアックな話は出てくるのですが、そういう枝葉のことは置いておいて、「いい生地」と「そうでない生地」の違いを知るために、2つの要素だけをシンプルに考えると分かりやすいです。
それは、
①糸の品質:「良い糸」なのか、「そうでない糸」なのか
②機械の種類:「ゆっくりと織ったり編んだりする機械」なのか、「高速で織ったり編んだりする機械」なのか
シンプルにこの2つです。
①糸の品質:「良い糸」なのか、「そうでない糸」なのか
ではまず、①糸の品質について解説させていただきます。
一般的に「高級糸」と言われるものは、細く、ツヤがあり、柔らかく、丈夫で着心地がよい生地になります。
一方で、安価な糸は、太く、ボソボソで、肌触りがかたく、長持ちしづらいといった特徴を持ちます。
もちろん生地や服の好みはそれぞれですので、それぞれの糸や生地が好きな方もいると思いますが、糸の価格や特徴で言うとこうした違いがはっきりとあります。
遠州は綿織物の産地なので、綿について解説させていただきますが、高級糸と言われる糸になるかどうかは、糸の原料となる「綿花の品種」で決まります。
具体的に言うと、「繊維長が細くて長い」品種がこうした高級糸になります。
これらは「超長綿」と言われる品種で、繊維長が35mm以上のものを指します。有名なものだと、ギザコットン(エジプト)、スーピマコットン(アメリカ)、スヴィンコットン(インド)などがあります。ちなみに、世界中で作られている綿花のうち「超長綿」は1%未満しかありません。
なぜ「超長綿」はこうして生産量が少なく希少かというと、こうした品種が育つ地域は、気候や高度、温度など生育適地が限られていることや、生育期間が長いことが理由です。
生育期間が長ければ、当然コストはかかるし、台風やハリケーンで丸々飛んでしまうようなリスクも高まります。
一方、安価な綿は、世界中の多くの地域で作られ、生育期間が短くコストがかかりません。(中には枯葉剤を使用した環境問題や不当な労働など人権問題を引き換えに大量生産が行われているものもあります)
良い糸は高く、そうでない糸は安い。
良い糸は着心地がよく高級感があり長持ちする生地になる、そうでない糸はそうでない生地になる。
ごく自然に、こうした違いが生まれるのです。
なお、より詳しい解説は、以前収録した大正紡績さんとのトーク動画をご覧いただくと分かりやすいと思いますのでぜひご覧ください。
■HUIS YouTubeチャンネル
綿糸紡績のスペシャリストが明かす「良い糸」と「そうでない糸」の違いとは?綿から糸を紡ぐ創業110年の紡績会社「大正紡績」さんへ徹底インタビュー
②機械の種類:「ゆっくりと織ったり編んだりする機械」なのか、「高速で織ったり編んだりする機械」なのか
では、ひきつづき②機械の種類について解説させていただきます。
糸は織ったり、編んだりして生地になるわけなんですが、この織ったり編んだりする機械の種類が、生地品質に大きな差を生みます。
※織りと編みについてはぜひ以前の記事「〜ちょっと知るだけでファッションがもっと楽しくなる〜 意外と把握されていない「織物」と「編み物」の違い」もご覧ください。
遠州織物は織物の産地なので、織りの機械=「織機」を例に解説させていただきますが、現在、一般的に使われている高速型の織機は「エアージェット」と言われる織機です。
緯糸(ヨコ糸)を空気で飛ばすので「エアージェット」と言われるのですが、まさにピストルのように空気で糸を押し出し、そのスピードは目ではとても追えないほど超高速で、一瞬で大量の生地を生産することができます。
対して、HUISの生地が織られている旧式の「シャトル織機」は、50〜60年前に製造されていたものです。
現在は製造されておらず手に入れることができない貴重な織機で、「シャトル」と言われる部品がヨコ糸を運び、ゆっくりゆっくりと時間をかけて織っていきます。エアージェットと比べると、実に20〜30倍の時間がかかります。
こうした二つの織機で織られる生地を比べてみます。
最新式の織機で織られる生地は、超高速で織るため糸にテンションをかけざるを得ません。これは物理的に避けられないことで、とても強い力で糸を張りながら織り上げていくので、扁平で工業的な生地になります。また、少ない時間で大量の生地を作るため、現代の生地は低密度で織られたものが主流です。
一方、極めてゆっくりと織る「シャトル織機」は、糸にできるだけテンションをかけません。糸に負担をかけずゆっくりと、ですがぎっしりと密度を入れて織っていきます。
わかりやすいイメージとしては、「たっぷりの糸を“ふにゃふにゃ”で、“ぎゅうぎゅう”に織った生地」。糸に負担をかけず立体的に織り上げていくことから、生地表面には自然な凹凸感が生まれ、またしなやかで着心地の良い生地が生まれます。
一見しては分かりづらいものですが、こうして「糸を“ギンギン“に張った低密度の生地」と、「たっぷりの糸を“ふにゃふにゃ”で“ぎゅうぎゅう”に織った生地」を想像して見ていただければ、その肌触り・着心地の良さは明らかだと思います。
糸に負担をかけずに織ることは、耐久性にもつながります。衝撃を吸収し、使い込むほどに風合いの増す生地となります。
"風合い"という言葉は、遠州の機屋さんたちがよく自分たちの生地を表現する時に使う言葉です。
現代の高速型の織機で織られた生地が「工業的」であるのに対し、旧式のシャトル織機で織られた風合いのある生地は、文化芸術的な趣向の生地でもあると言えます。
ちなみに、織機の種類を古い順に並べると、
・シャトル織機(1つのシャトルが往復して緯糸を運ぶ)
・レピア織機(レピアという左右から出る槍のような2つの部品が緯糸を運ぶ)
・ウォータージェット織機(水の力で緯糸を運ぶ)
・エアージェット織機(空気の力で緯糸を運ぶ)
となります。下に行くほど高速型の織機になっていきます。
なお、古い機械ほどいい生地が生まれる、というのは「編み」の機械でも同じように知られていて、日本の和歌山県に残る旧式の「吊り編機」という編機は、たった一本の糸をゆっくりとストレスなく編み上げていきます。
柔らかく丈夫で使い込むほどに風合いのます特別な生地を作ることができます。
ヴィンテージの世界では「吊り編機」もよく知られている機械ですが、この吊り編み機を持っているのは、世界中でも和歌山の3軒の工場しか残っていないと言われています。
繊維業の歴史は、いかに効率よくたくさんの生地を作るか、という技術革新の歴史です。
ただ、効率よく生地を織ったり編んだりするほど、生地品質は反比例していく、ということがとても分かりやすいのも繊維の世界です。
時間と手間をかけたものが良いものになる、というある意味、真っ当な世界であることが、とても面白い部分です。
繰り返しになりますが、繊維業に関わる方は誰もが、そのことを知っているのです。
そして、「糸の品質」×「織機や編機の種類」、この2つの要素が、「良い生地なのか、そうでない生地なのか」を決める、ということを理解してもらうと、遠州織物というのが高級生地の産地である、ということも自然に理解できるかと思います。
希少で高価な高級糸を用い、希少で扱いが難しい旧式のシャトル織機を使う。
最もコストのかかる選択をし、その技術力で美しいブロード生地、ローン生地を織ることで圧倒的な差別化を図ってきたのが遠州織物なわけです。
ちなみに、効率性を求めながらも良い生地に“見せる”ため、アパレルの世界では、様々な生地加工の技術も発展してきました。
表面に化学的な生地加工を施すことで「柔らかそう」に見せたり「シワ感や風合いがある」ように見せたりする技術です。
効率よく織る機械を開発するとともに、こうしたお化粧の技術も同時に開発されてきたのが、繊維業の歴史です。
生地を大量生産し、化学的に表面を生地加工して、安くたくさん売る、ということが一番効率が良いわけです。
結果、売り場に並んでいる洋服は一見違いが分からないように工夫されているのです。
でも、この2つの要素を基に「いい生地か、そうでない生地か」を観察するようになると、その違いが売り場でも自然と分かるようになります。
売り場で見るだけでなく、買って、着ていると、よりその違いははっきりと分かります。
表面的に加工された生地は、やはり肌触りが異なります。ごわつく生地の服を1日着ていた時の疲れ方は、良い生地の服を着ていた1日とは大きく違います。そしてその服を着て・洗って、使い込んでいくほどにその差は明らかになっていきます。
そうした経験を積むことで、いい生地とそうでない生地の違いが感覚的にわかるようになります。
前述したように、好みはそれぞれ。洋服も、生地選びも、人それぞれに自由です。でも、こうした知識が少しあることで、洋服選びはもっともっと楽しくなると思っています。
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高品質な“遠州織物”を使用したシンプルな衣服。
ふくふくとした豊かな生地の風合いを大切に。
HUISweb | www.1-huis.com
HUISonlinestore | https://1-huis.stores.jp
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