片想い。
生徒会に立候補する彼の応援役に、松重は自ら名乗りを挙げた。その前から何となく噂では聞いていたけど、その瞬間やっぱりそうだったんだと確信した。
松重と岡山くんは両思い。
正直、嘘であってほしいと思った。しかも、私たちは出会ってまだ2ヶ月も経っていないというのに。私のこの思いだけが置いてきぼりになって、消化不良になってしまう。
***
「スピッツって何でこんなに切ないんだろう。ほんと泣けるよね」
お昼の放送で、スピッツのチェリーが流れ出すと松重はそう言った。お弁当を食べながら、感受性豊かな松重は目に浮かんできた涙を拭っている。
「恋愛経験豊富なアラサーみたいなこと言うね」
「恋愛経験なんてそんなないんだけど」
「そんな?」
「いや、全然」
松重はぱっと見、控えめで大人しそうだから、正直恋愛経験がそれほど多いとは思えない。それは、岡山くんと両思いの松重に対する単なる自己防衛かもしれない。でもこういうピュアで綺麗な心を持った女の子に男の子は惹かれるものなのかもしれない。そんなことを考えていると、
「松重、悪い。打ち合わせいい?」
と、岡山くんが松重に背後から声をかけてきた。岡山くんの声に素早く反応した松重は、
「分かった。今行くね」
と言って、食べかけのお弁当箱の蓋を静かに閉じた。まだ半分くらい中身が残っているお弁当を、松重はいつ食べるのだろうか。
「ごめん、行くね」
「いってきな。青春だね」
重松は否定することもなく、少し照れたように笑うと、岡山くんの席の方へ向かった。
私はアンバランスな食べ方をして、おかずだけが先になくなってしまったお弁当箱に残った白米を片付ける。曲は終盤に差し掛かっている。
「「愛してる」の響きだけで強くなれる気がしたよ」
白米と格闘しながら、私は歌詞の意味を噛み締める。
自分の好きな人が自分を好きでいてくれること、さらに「好き」のワンランク上の、愛してくれること、しかも愛してるという言葉をかけてくれる。面と向かってそんなことをされたら、私は幸せで溶けてしまうだろう…。
そんなことを考えながら、さりげなく2人の方に目をやると、何やら笑い合っている。何かおかしなことでもあったのだろうか。
心がチクリとする。
確かに2人はお似合いだと思う。松重はすごく可愛いかと言われればそうではないけれど、守りたくなるような、か弱さとか女子らしさみたいなものを持っている。だけどそれは表面的な部分でしかないから、岡山くんが惹かれているのはそこじゃないのかもしれない。岡山くんは、こんなに短い間に松重のどこに惚れたのだろうか。
ところで、一体彼の目に、私はどう映っているのだろう。好きな女の子の親友としか映ってはいないだろう。いや、そう見えていればまだいい方で、私なんか名前のないモブとしてしか映ってないかもしれない。
また今回も、叶わぬ私の恋。
好きな人に「愛してる」と言ってもらえる日は、いつか私にも来るのだろうか。
***
それから数年が経ったある日、一通のLINEが届いた。それは、卒業後は別々の道へ進み、しばらく連絡を取っていなかった松重からだった。
そこにあったのは、
岡山くんと結婚することになりました
という文字だった。
あの後、付き合うことになったのは知ってたけれど、2人はうまくいったんだな。そう思うと、なんだか感慨深くて涙が溢れてきた。
今となれば、松重と過ごした日々や嫉妬していた日々でさえも愛おしい。それらは全てが過去になってしまって、もう2度と戻ることのない時間だからこそなのかもしれない。
懐かしいのとよく分からない感情とか渦巻いて、これが今流行りのエモいという感情かと実感する。
そしてあの日、松重と一緒に聞いたチェリーをふと思い出す。
私のことを「愛してる」と言ってくれる男の人を私も見つけることができて、かつてのような刺々した感情なんかもうどこかに消えてしまった。松重と岡山くんが微笑ましくて、2人には素直に幸せになってほしいと思う。
***
最後に松重に伝えたいことがある。
松重、あの時は心から応援できなくてごめんなさい。
そして、あなたがしあわせになってくれることを心から願っています。