もんてすキュッと!⑩

「――これでよし……と」
 ようやくベッドの足を修復し終えた。家の一部を破壊して、木材を切り取ってきたのだ。ベッドを掴み、揺らしてみても、ガタガタ言わなかった。我ながら、上出来だ。うん――日曜大工系政治家っていうのも良さそうね。
「ミレイちゃんの家のお風呂、気持ちよかった」田中さんが、タオルで髪を拭きながら言った。彼女の濡れた髪は昆布みたいで、とても美少女である。
「そうよ、お風呂の水を飲みさえしなきゃ、浴槽はどこでも気持ちいいものよ」
「うん、本当にそれはそうだね。知らなかったなあ」
 のんびりとした口調で、彼女はそう言うと、ベッドの上に座った。そのまま、虚空を見つめている。
「――さて、旅の用意しなきゃ」
 私は、思案した。なんにしろ、旅は久々の経験だった。だから――何を用意して良いのかわからなかった。とりあえず、スマッシュブラザーズはいるわよね。旅先でないと困るから。後は――サングラス?
「ねえ、田中さん。ボーっとしてないでさ、あなたももってくもん、ちょっと考えてよ」
「うーん、グリル?」
「お前を焼いてやろうか」
 ――田中さんは、まったくもって使えない。てか、なんでこいつ、今日泊まりに来たんだ? 窓の外を見れば、道路には粉々の冷凍マグロがばら撒かれていた。車が通るたびに、アスファルトに破片が次々とへばりついた。
「このままじゃ埒が明かないわ。――そうだ。知恵袋に聞いてみるか」
「知恵袋?」田中さんが首をかしげる。こいつ、ホントなんも知らねえな。
「これがね、すごく便利なのよ。小学校のときから愛用してんだけど。どんな質問にも、適切な答えが返ってくるんだよね。しかも、月額無料!」
「すごい! 私にも教えて!」
「ふっふーん」つい、得意げに返事をしてしまった。まあいい、本当に便利なんだこいつは。――と、私はアイパッドを取りだして、机の上に横向きに置いた。私は、フェイスタイムのアイコンを押して、「知恵袋」と書かれたアカウントを選択した。――電話がかかった。
「――はい?」アイパッドから声がした。「なんか用? ミレイ」
「あれ……これ、サリちゃんじゃない?」田中さんは画面を覗きながら言った。
「違うわ、知恵袋よ」私は訂正した。
「知恵袋!」アイパッドの中の知恵袋は、憤慨したような声を出した。「まあた私を知恵袋代わりに呼び出したの!?」
「なんだと! この私に盾突く気か! そんなやつはこうだ!」
 私はアイパッドを持ち上げて、ぶんぶんと振り回した。アイパッドの中の声は、「やめて、酔う! 画面揺れすぎ!」と悲鳴を上げていた。私は「観念したか!」と言って、更に振り回した。――気がつくと、知恵袋との連絡は途絶えていた。
 私は再び、知恵袋アカウントを選択した。しかし、今度は連絡がかからない。
「怒っちゃったんだよ。ミレイちゃんがあんなことするから……」
「えっ、知恵袋って怒ることあるの?」
「……」
 田中さんは、無言でスマートフォンを取りだし、ラインを開いた。どうやら、サリに何かメッセージを送っているようだった。旅の荷物のことで相談しているのかしら。
 しばらくして、田中さんは私の方に視線を戻した。
「ミレイちゃん、もう一回かけてみて?」
「う、うん……」
 突然なにを言い出すのだろう、よく分からない。――が、田中さんの中に、珍しく強い意思を感じたのだった。私は、言われるがままに、もう一回、アイパッドに表示されていた、知恵袋アカウントを選択する。
 すると、あら不思議、再び知恵袋との連絡がとれたのだった!
「え――なんで?」
「なんでって何?」知恵袋は、依然として威圧のこもった声を発していた。
「まあまあ、ミレイちゃんも悪気がないんだよ」田中さんが、謎のフォローを加えた。確かに悪気はないが、そもそも悪いことをしていない。
「悪気がないからタチが悪いんだけどね……。で、私に連絡をよこしたのはどうせあれでしょ。明日の旅に持ってくものが分かんないんだよね? そんで、鞄の中には今、スマッシュブラザーズとサングラスしか入ってない」
「すごいわね、さすが知恵袋」ドンピシャだったので、私は感心した。
「グリルは鞄の中に入らなかった……」田中さんはしょげていた。
「……なるほどね」
「そういえば、知恵袋――」
「サリだよ」
「えっ」
「私はサリだよ!」
「知恵袋はサリだったの!?」
「違うわ!」サリは大声を出した。「サリが知恵袋なんだよ!!」
「え――それはつまり、結局知恵袋では?」私はおずおずと聞いた。
「ちきしょう!」知恵袋は、悪態をついた。「誰か教えろよ! 世界を正しく導く方法を!!」
「……サリ、お風呂入った?」
 私が聞くと、アイパッドの中のサリは、心底ほっとした様子でほっと息をついた。どうやら、この質問は世界の正しい在り方に即したものだったらしい。しかし――成績学年一位の考えることはよく分からない。多分、頭が良すぎるんだと思う。もう少し、ビリから二番目の私でもわかるように説明してほしい。
「入ったばかりだよ! 今日は、フローラルの香りのする入浴剤をいれたんだあ」
 私は、「フローラル」という言葉の辺りで、舌打ちした。サリは「なんで!?」と言ったが、聞かないそぶりをした。しかし、田中さんが余計なことを言った。
「ミレイちゃんのトリートメントも、フローラルの香りだったよ! お揃いだねえ」
「へえ~、ミレイがねえ」サリは、余裕そうな顔をして、こちらを見ている。私はサリではなく、画面を見ていた。
「それはそうと、旅にもっていかないといけないものを教えてくれないかしら?」私は、話を元に戻した。
「ええと、まず着替えでしょ。一週間分は荷物になるから、三日分くらいにして、途中でコインランドリーに寄ろう。それで後は歯ブラシと日焼け止め。その他の日用品は各自で考えて。――途中、観光できるように、小さなトートバッグがあると便利だよね。それから――」
「スマッシュブラザーズはやらないの?」
「バーベキューは……」
「こ、今回は置いていこうか……。バーベキューは、多分、借りられる施設があるだろうし」
「スマッシュブラザーズは?」
「スマッシュブラザーズは借りられないかな……」サリは困惑した表情を浮かべた。
 なぜだ。なぜ、バーベキューは借りられて、スマッシュブラザーズは借りられないというのだ。差別だ。ゲーム差別だ! なるほど、世間はまだ「ゲームは子供にとって有害である」という見方をする大人は多い。これはこまったことだ。――そうだ。私が県知事に選ばれた暁には、ゲームを全国に配置する条例を制定しようではないか!
「……マニフェストに追加しておこう」私はスマートフォンのメモ帳に記録した。
「……」
「サリちゃん、全部用意し終わったよ!」田中さんは、サリに言われたものを鞄に詰め終わった。
「あ、そうだ――言い忘れてた。今回お金は、祖母が、私の母の経営している〈こども科学博物館〉から盗んできたのを使うから、金銭面は心配しなくていいわよ。むしろ、どんどん使ってほしい。使えば使うほど、社会貢献になるわ。履歴書に書ける」
「は、はぁ――それはたしかに」サリは納得したようだ。田中さんは、首をかしげている。
「ミレイちゃん、それって――」
「ほら、さっき、敵襲を受けてたでしょ。あれよ」
「へええ……」
 納得したのか、これ以上聞いちゃいけないと悟ったのか、田中さんはこれ以上問題を追及せず、サトウキビを吸い始めた。
「よし、これで万事大丈夫だね!」
 サリはそういうと、じゃあ明日ねと言って、連絡を切った。楽しみだ――三人での初めての旅。そういえば、最後に旅行へ行ったのはいつだったっけ――

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