外は雨
これを書いている今現在、外は雨である。
こんな日に仕事があって外回りに出なければならなかったり、行楽の予定を入れていたり、交通整理で屋外で立ちっぱなしだったりという人は、さぞかし大変だろうと思う。ほんとうに、しみじみそう思う。
もちろん仕事であればやむなしだろう。ちょっと雨が降っているので休みますなどという言い分はなかなか通らない。通るのだとしたら、その会社はちょっと危ない。だから仕方なしに外に出ることになる。だが、このパターンはそこまで精神的に負担は大きくないように思われる。仕事が楽しい人はあんまりいない。と言い切ると、容易に反論が予想されるが、少なくとも自分はそう思っている。できることなら働きたくない。だから働く、仕事をするというのは基本的に負の感情を抱くものということになる。そこに持ってきてさらに雨の中、外出をするというマイナスが重なったところで、嫌なことが増えただけである。マイナスからのスタートには変わりがない。
つまり精神的には負の状態だが、もともとが負なのだから、状態としては変わっておらず、乱高下はないので精神的にそこまで疲弊はしない。
その一方で、行楽、旅行、遊行の予定は、どちらかと言えば楽しいもの、正の感情を抱くものだろう。家族旅行は嫌いだ、などというひねくれた思春期の男の子でもなければ、旅行に対してマイナスイメージを持つ人間は少ないのではないか。たいていの人間は期待に胸を膨らませ、現地に行ったらあれをしようこれを食べようなどと浮かれているのではないだろうか。いわばプラスの状態になっているのではないか。
だが、外は雨である。
当然、行楽の予定であれば雨が降っているのを理由に取り止めることでもできる。しかし旅館の予約やら遊園地の当日券やらをすでに購入していれば話は別だ。雨でほとんどの乗り物が停止しているかも知れない。旅館に辿り着いたところで、出歩くこともできず、部屋の中で休みの大半を過ごす羽目になるかも知れない。これは精神的にけっこうダメージがあるのではないだろうか。
楽しいことが、一転してつまらないことになる。プラスだったはずの状況、もしくはプラスに転ずると思われる状況からマイナスへと向かうことになる。このアップダウンは精神的になかなか辛いものがある。
ジェットコースターや通俗小説であればその高低差にどれほどの幅があるのかは売りになるだろう。幸せだった主人公が急転直下、不幸のまっただ中へと突き落とされる。その様に読者は共感を覚えたり応援したりすると話にはよく聞く。それはあくまでフィクションであったり、安全に発着場まで辿り着ける乗り物であるから、娯楽として楽しめるのだろう。
人にもよるとは思うけど。
自分としてはジェットコースターのような人生よりはメリーゴーラウンドのような人生を送りたい。
そんなことをぼんやりと考えながら、外は雨。