カンフー・アルマゲドン 天地崩墜

「天地崩墜! 身亡所寄!」
 天が堕ち、地が裂ける! 逃げ場はどこにもありはしない!
 口角泡を飛ばし、叫喚する群衆が、星官連合首長国である秦の各地を闊歩している。紅色の幟を掲げる彼らは、故事にならい、杞憂民と呼ばれている。
 事の発端は数百年前、時の皇帝徽宗の寵愛する孫、阿相が星辰殿にて渾天儀を前に発したひと言である。
「この星が欲しい」
 指さしたのは秦から宙空を隔て百光里先にある、天目星の衛星、外電。
 これに徽宗は奮起した。してしまった。
 学士らと国を挙げての大事業を立案し、かの星へと大船団を送りこんだ。外電に巨大な火箭を数百機くくりつけ、秦の周回軌道上にまで飛ばして運ぶ算段である。    
 しかし阿相、後の太宗の存命中には届かず。さらに幾星霜。
 ようやく地上からも外電の姿が視認できるほどになったころ。
 巷にある予言が流れる。
「あの星は、秦に落ちる。破軍の星よ」
 すでに世は乱れ、末法、終末思想が蔓延していた。結果生まれたのが先の杞憂民である。今やその勢いは野火のごとく全土に広がり、命知らずの連中は各所で掠奪の限りをつくしていた。

 そしてここ、燕州の謝恩荘にも暴徒の群れが押し寄せている。街の妓楼にどたどたとなだれこむ。桟は折られ、硝子は破られ、遊女が悲鳴をあげ、さらわれる。
 と、楼の上階の窓を破り、絶叫とともに、ひとりの男が地面に落ちた。先頭切って入った者だ。続いて、二、三人と窓外へ飛び出し地に叩きつけられ動かなくなる。
 さしもの狼藉者らも息を呑み、歩を止め、頭上を見上げた。
 割れ窓に、人影があった。男である。
 女遊びの最中だったのか、赤裸だった。両の腕は鉄青色に鈍く輝く義手であった。
 血走った目で眼下を睥睨すると、大音声を轟かせた。
「やい、てめえら! この世の終わりにまとめて死ぬか、今くたばるか、どちらか選べ!」
 男が呍と唸ると、鉄の双腕が一丈ほども伸び地上の暴漢をむんずと掴んだ。
 男の名は白日。爆身蛇と渾名される侠客である。

【続く】