嵯峨野綺譚 ~篁(たかむら)の井戸 vol.2~
「高校のとき、うちの両親離婚してさ。リョウくん、知らんやろ?その頃のこと」
「ああ、そうやなぁ・・・。」
居酒屋を出て皆が解散した後、僕はなんとなく久美子と一緒に歩いていた。すぐに診療所の前まで来た。
「お母さん、看護婦の資格持ったはったから、ここで働きださはったんよ」
久美子とは中学、高校と一緒だったが特に親しかったわけではない。特段美人というわけでもなく、自己主張するタイプでもなく、ただ、皆が集まる場にはさりげなくいて場にとけ込んでいた。彼女がいないと誰かが必ず「あれ?久美子おらんやん?」と物足りなさそうな顔をするのだった。
彼女の母親はある意味好対照で、目鼻立ちのはっきりした派手な顔立ちは学校行事で「誰のお母さんやったっけ?」と子供同士が顔を見合わせることも多かった。立ち居振舞いが派手というわけではなかったが、何故か皆の注目を惹く女性だった。
「ちょうどセンセが一人で住まはるようになった頃。奥さんとかがおらんようにならはって。あの頃、ちょうど井戸がちょっと有名になって、けっこういろんな人が来はったりして・・・。スポーツ新聞に載ったんよ。『ここにあった!冥界への井戸』みたいに。その後ラジオでも取り上げられて。ほんで、いろんな人が井戸見せてって来はって。センセもお母さんも大変やったんよ。センセは『ひとさまに見せるもんやおまへん』って言わはるし。取材に来たテレビ局の人をセンセが殴ったとか殴らんとかみたいなこともあって・・・。嵯峨では有名になってしまって。うちのお母さんのことも含めて。リョウくん、知らんやろ?」
確かにこの保守的な嵯峨の町でそんな出来事が持ち上がったら、それはかなりの噂になっただろう。
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