「物語」に出会うということ(後編)

 私自身が、ヒトの誕生という壮大な「物語」に出会ったのは、高校生の頃でした。
 その物語は、生物の教科書にたった一行で記されていました。『個体発生は系統発生を繰り返す』。生物の個体が形を成す過程で、その生物種に連なる進化の道筋をなぞるという仮説を、端的に表した一文です。
 受精卵という一つの細胞か分裂して、ヒトらしい姿になるまでの初期の段階を観察すると、えらや尾のようなものが現れては消えていきます。37億年と言われる生命の歴史を、わずか8週間ほどで一気に駆け抜けるのです。私がこれを理解した瞬間、ある気づきが雷光のように閃きました。「そうか、妊娠したら、コレが私の胎内で起きるんだ」と。


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(写真キャプション)誕生当日の次女と私の手。かつて水かきだった部分の細胞が自ら死ぬ現象によって、5本の指が形作られます。生命の不思議なプログラムは、受精から7週から8週の間に展開されます。


 当時、NHKでは「地球大紀行」という、科学番組を放映していました。美しい映像と音楽に乗せて、地球と生命の46億年の歴史が綴られていて、その壮大なドラマに私はすっかり魅了されていました。ワンダーに満ちた生命の歴史が、私の胎内で再現される、その思いつきは、私の胸を高鳴らせました。そして、心の底から強い思いが湧いてきました。「女に生まれて良かった…!」。
 お勉強はそこそこできたけれど、おしゃれにはとんと興味がなく、おしとやかでもなかった私に、両親や周囲の大人たちは「男に生まれたら良かったのに」と口を揃え、私自身も女なんてつまらないと思い込んでいました。自分の性を受容できない意識が、この物語との出会いで180度変わりました。女性である自分自身を祝福することができたのです。

(常陽新聞2014年8月20日付掲載・13回連載中3回目)

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