短編小説w「親バカというよりも」
「ゆうくーん、パパでちゅよー、かえってきたよお」
夫は今年の初めに生まれたばかりの長男にベタ惚れだ。
「ゆうくんはかーわいーいねえ」
こういうのを親バカというのだろう。
「ハーイ、ゆうくんに触れる前にちゃんと手を洗ってくださいねー」
私が言うと、そうだった、と言って夫は洗面所に向かった。
私もかなり親バカだと思うが、夫は私以上だ。でも、それももちろん私にとっては嬉しいことで、子供はやっぱりかわいい。
長男のゆうとは生後8か月で、活発で元気な男の子だ。
夫は印刷会社に勤めていて、いつもは夜遅くなるのが常だが、今日は仕事が早く終わったようで、いつもより早く家に帰ってきた。
「やっぱり、どう見てもかわいいよなー、将来はサッカー選手かなー」
ゆうとがお気に入りのサッカーボールのおもちゃで遊ぶ様子を、スマホでパシャパシャと写真を撮りながら、夫は独り言を言っていた。
夫はサッカーが好きで、友人とのサッカーチームにも入っている。
ゆうとが大きくなったらサッカーを教えたいんだと。
最近は、ゆうとがなんとなくパパとかママとかそれらしいことを言うようになってから、さらに可愛くて仕方がないようだ。
ゆうとが生まれるまでは、夫がこんなにデレデレになるとは思わなかったが、夫のこんな様子は私をとても幸せな気持ちにさせる。
「パパ、今日お母さんがオカズ持ってきてくれたからそれ食べよう」
実家の近くにマンションを借りたので、私の母親は頻繁にゆうとの顔を見に来る。ゆうとを見てもらっている間は私も少し休めるので助かっている。
「そうなんだ、唐揚げかなあ?」
唐揚げもあるよ、と私は言ってテーブルに母親が持ってきてくれた総菜を並べていた。
「あ、ゆうくん!」
夫が大きな声を出した。
何事かと子供の方を見ると、ゆうとは小さな自分用のイスにつかまって立っていた。
「ゆうくんが立ってる!」
夫と一緒に私も大声を出した。
「スゴイ!スゴイ!」
ゆうとは少し得意げに笑いながら、驚く私たちを見返した。
「し、写真、写真」
夫がスマホで写真を撮る。
※
「これは大ニュースだよ!」
夫は興奮してゆうとの雄姿をサッカーチームの仲間に送るという。
「お母さんにも送っといてよ。きっと喜ぶから」
「わかった。じゃあメールにするか。お母さんLINEやってないから」
※
しばらくして、私のスマホにメールの通知が来た。たぶん、夫は一斉送信を使ったのだ。サッカーチームの名簿には私の名前も登録されている。以前、私は一応マネージャー的な扱いになっていたのだ。
懐かしいなー。夫との初デートは、サッカーの試合だった。
結婚したときは、チームの皆も本当に祝福してくれた。
きっとゆうとの雄姿も喜んでくれるだろう。
私は、メールアプリを立ち上げた。そこには夫からのメールの件名が映し出された。
「大ニュースです!ボクの息子がついに立ちました!!」
え、え? ま、まあ、その通りだけど。。これ皆に送ったの? お母さんにも?
あいつ、親バカというよりただのバカかも。
※
後日、お母さんはとても喜んでいたけど、メールは迷惑メールフォルダに入ってたらしい。
おわり
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