「紅茶の時間」の感想を書いてみるの巻
※ネタバレの可能性があります。ご注意ください。またあくまでも個人的な感想なので、勘違い、的外れな解釈などがある可能性があります。実際のところは作品を読んでご確認ください。
リチャードバックというとあのカモメのお話が有名ですが、おかしな救世主の話を知っているという人もいるかもしれません。
救世主というと、キリスト教のイエスを想像する人が多いと思うんですが、この救世主は飛行機乗りなんですね。
旅をしながら色んな町でお客さんを飛行機をのせて楽しませてお金をもらう、という商売をしていたと記憶しています。
同じ飛行機乗りである主人公はこの救世主と一緒に旅をしながら、あちこちで奇跡を起こしていく救世主に奇跡のおこしかたを教えてもらう、という話だったと思います。
主人公が救世主と初めて出会ったときの会話。主人公が救世主に声をかける。
「やあ、君がなんだか寂しそうに見えたものでね」
「待っていたんだよ、君を」
「そうかい、遅くなってすまない」
記憶が違っているかもしれませんが、こんな風な会話だったと思います。
作家の村上龍さんの訳で、どことなく60、70年代くらいのヒッピー文化が感じられる雰囲気がありました。
村上龍さんは、この出会いをジョンレノンとオノヨーコの出会いのエピソードに重ねています。あの天井に書いた小さな「Yes」の話ね。
さて、なぜこの話を思い出したかというと、この「紅茶の時間」という作品の作者の方がプロフィールでこのリチャードバックの言葉を引用していたからなんですね。
『本物の愛の物語には、結末なんてない』リチャード・バック
これは言い方を変えると「本物の愛の物語は”ずっと続いていく”」ということができます。
この作品「紅茶の時間」を読み終わってみると、主人公の幸せや希望と共に切実な願いが感じられるんですね。
それはこのリチャードバックの言葉に象徴されているようにも感じられます。
1話から精神的な障害を抱えた主人公の女性の内面がリアルに描かれます。
この辺りはなんとも胸が痛くなる心のつぶやきと抱える症状が説明されます。
誰しもいいことも悪いことも色んなものを抱えて人生を送っているわけですが、この作品の主人公は自分が致命的ななにかを抱えていると思い込んでいるように見えます。
希死念慮は確かに、本人だけでなく周りも巻き込んでしまうことがある厄介なものです。
死にたいという願望は、苦しみ、苦痛から逃れたいという衝動にも見えますが、実は見方を変えると生への渇望にも感じられます。
希死念慮を抱えた人を、理解しようとするとその死にたいという願望を理解してあげなければならないので、これは当人を大事に思う人からするとその人の死の願望を認めるという”死を許容するほどの”苦痛を伴う行為になるわけです。
「もう死にたい」
「そんなことをいうなよ」
この会話が繰り返されれば繰り返されるほど、当人は理解されない、わかってもらえないと感じてしまうというジレンマがあるんですね。
相手を大事に思えば思うほど、理解が難しくなるので場合によっては意思の疎通自体が難しくなることもあります。
個人的な経験から言っても、ある種の障害は本人のコントロールをうまく出来なくしてしまうことがあるので、それは一見致命的な要素にも見えてしまうわけです。
感じることが色々あってどうしても話が逸れてしまいそうになるんですが、作品について言うと、
精神的な障害という問題を抱えながらも徐々に惹かれあっていくカップルが描かれていきます。
精神的なというところでなかなか理解されづらい障害ですが、その感じ方や内面は普通の人のそれとほとんど変わりありません。
ただある種の感じ方がアップダウンを繰り返してコントロールを失ってしまうようです。
そのことで何が起こるかを理解しているがゆえに、どうしようもない苦痛が生じているように見えます。
恋愛小説なので、カップルなりのエピソードも挿入されます。
個人的には、幼馴染の女性の登場がインパクトありましたね。
現実的にここまでのことを言うとしたら、かなりエキセントリックな感じがしました。
一応、回収はされていますが、むしろこの女性の方が先行きが心配にもなります。
このお話には、基本的に悪い人は出てこない、というよりもそれぞれの人がそれぞれの事情で考え、行動しているということがキチンと描かれているので、酷いことを言う人に対してもその事情をくみ取っているようなところがありますね。
症状を抱えた人のリアルな内面の描写は、可愛らしさだけでなく胸が痛くなるようなもどかしさを感じてしまう人もいるかもしれません。
少しの不安は残したままですが主人公が幸せなスタートラインに立つところで物語は終わります。
色々あっても楽しく乗り越えていってほしい、と素直に思ってしまいますね。
近年どういうわけか、こうした障害を抱えている方は増えているといいます。
そういった方がどういったことを感じているかを知るには非常に参考になる作品だと思いました。
文章も読みやすく、恋愛小説ということで二人がどうなるのかを楽しく、また少しハラハラしながら追っていけます。
障害を持った側からの視点で描かれた作品って珍しいのではと思いますが、その意味でも独特の作品と言えそうですね。
ただ、そういった少し特殊な要素を別にすれば、女性の心の流れを追った健気で可愛い作品ともいえるかもしれません。
何となく読み始めたのに一気に読んでしまいましたが、そういう吸引力を持った面白い作品だと思いました。
随分昔に読んだリチャードバックの「イリュージョン」という作品をおぼろげながら思い出していたんですが、何となく教訓めいた救世主のセリフとしては以下が思い浮かびます。
「奇跡を起こすのも起こさないのも全て君しだい。好きにすればいいさ」
私の記憶では救世主はこんなことは言わなかったと思いますが、ある種の教訓として私はこのように受け取ったわけです。
※)夕立、雷、夏っぽくていいね、なんて言っていたら避難勧告が出ている地域もあってけっこう大変なことになってたんですね。ウチの近所もこれがスタンダードかと思いきや、例年より雷が多いようです。スキ/フォローありがとうございます。励みになります。