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短編小説w「ウィンウィン」

ミナシロは美人だけどちょっと変わってる。

サークル内ではムードメーカーのようなポジションで、天然なところがあるからイジられることも多い。

彼女は、自分でもちょっと変わってるところがあるというのは自覚しているみたいだけど、それは自分が帰国子女だからだと彼女は思っているようだ。

家族の都合でヨーロッパを点々としていたということだから、その影響はもちろん大きいのだろう。

でも僕は、ミナシロが帰国子女じゃなかったとしてもやっぱりちょっと変わってると思う。

ミナシロは、友達が多い。

大学内ではいつも誰かと一緒だし、歩いてるときも男女問わず誰かしらが彼女に声をかける。

この間なんかは、大学内の空調工事に来ていた作業員のオッサンから声をかけられて楽しそうに話していた。

ミナシロは人を惹きつける不思議な魅力を持っている。

まあ、美人だから不思議ということはないのかもしれない。

濃い茶色の、物怖じしない眼差しは決して威圧的ではなく、全てを優しく受け入れてくれる寛容さを持っているように見え、そのキレイな瞳でみつけられると初対面でもなんだか家族のような親近感を感じてしまう。

実際、僕がそうだった。

ミナシロは、美人なのにツンと澄ましたような取っつきづらさがない。その気安さから、気軽に話しかけてしまうのだが、あるとき不意に彼女が物凄い美人であることに気がついていつの間にか虜になってしまうのだ。

つまり、僕がそうだった、うん。

ミナシロは、人によって態度を変えることがない。そもそも彼女にはそんな発想がないように見える。

ある意味で少しガサツに感じられるほど人懐っこく、まるで家族か親戚のように人と接しているようにみえる。

誰とも分け隔てなく接するのはもちろんミナシロのいいところだとは思うけど、その警戒心のなさは傍で見ていても心配になるくらいだ。

ウワサでは、街でキャッチセールスに声をかけられてそのまま付いていき、高額な商品を購入させられそうになったこともあるらしい。

実際、ミナシロからは悪いやつの口車に簡単に乗ってしまうような危なっかしさが感じられる。

「クーリングオフっていうのがあるから平気だよ」

と本人は言っていたらしいが、今どきそんなのに引っかかるのはミナシロくらいだと思う(このときも実際にクーリングオフをしたらしい)。

「海外では普通に犯罪者が街を歩いているから、いつも警戒していないと危ないんだよね。でも日本は本当に楽。海外に比べたら天国だよ」

と誰かと話しているのを聞いたことがあるけど、その言葉の通り日本では全く何も警戒していないように見える。

とにかくミナシロは、素直で寛容で親しみやすく美人で、そしてどこか危なっかしさを感じさせる不思議な魅力を持っているといえる。少なくとも僕にとってはそうだ。

そして僕は、その魅力は場合によってはとても罪作りだとも思う。


「今日の仏像面白かったね、あたしこんなに仏像が面白いとは今まで思ったことなかったよ」

そう言ってミナシロは何かを思い出しているようにクスクス笑った。

「あの踏み潰されてた鬼?みたいなの? アハハ、最高に面白かった」

「アレ、邪鬼っていうんだよ、よく四天王に踏みつけられてるんだけどあまり注目されることはないんだよね、面白いよね」

「なるほど、ジャキっていうんだね、なんかオジサン?みたいで可愛いよね」

ミナシロはそう言ってまた面白そうにクスクス笑った。手に持ったカップが揺れて中のミルクティーがテーブルにこぼれた。

「あ、やっちゃった」

ミナシロは慌ててガチャガチャとミルクティーのカップをソーサーの上に置いた。

僕はナフキンを何枚か取ってテーブルを拭いた。

ありがとう、と言ってミナシロは座り直した。

「リエちゃんにもよく怒られるんだよね、気をつけないとね、あんたは周りが全然見えてないって言われるから。気を付けてはいるんだけど、、」

「ん、大丈夫だよ」

僕とミナシロはサークル仲間だ。サークルの合宿で東北の方に行ったときに、観光で行ったお寺の仏像を興味深そうに見ていたので話しかけてみたのがキッカケで時々話すようになり、今回初めて一緒に仏像の展示会を見に行くことになった。

誘ったのは僕からだ。

最初、誘ったら普通に「いいよ」って言いそうな雰囲気があったので、意を決して誘ってみたらうまくいかなかった(これはどうも僕の勘違いだったらしいけど)。

だからそのあとミナシロの方から「一緒に仏像を見に行きたい」と言われたときは正直驚いた。

サークルの中でも僕はあまり目立つ方ではないので、やっぱり相手にはされなかったかと思ってがっかりしていたけど、ミナシロはそんなこと全く気にしていないようだった。

でも、まさかこの僕がミナシロみたいな美人とデートなんてね。

ミナシロは、僕にとってはとても親近感のある高嶺の花だった。

でも本人は全くそんな意識はないようだった。それに、もしかしたら”高嶺の花”という言葉を知っているかも疑わしい雰囲気があった。

ミナシロは、海外育ちの人にありがちな少し日本語が外国風で独特の訛りがあった。

帰国したばかりのときはもっと日本語がカタコトだった、とミナシロが話しているのを聞いたことがあるけど、本当だと思う。



僕はミルクティーを拭き取ったナフキンを丸めてテーブルの角に置いた。

「でも、サカタくんって仏像に詳しいよね、あたしは今まで仏像に関心を持ったことがなくて、、 彫刻っていうとルーブル美術館の「ミロのビーナス」とか円盤投げてるやつとか、そんなのしか知らないんだよね、だから合宿のときに見たあの仏像は、スゴイ面白かった! アレ、あたしが今いってるジムのインストラクターに似ててホント爆笑! サカタくんじゃないけど、仏像の魅力がわかったって感じ、だから今日もホント面白かったよ」

ミナシロが言ってる合宿のときの仏像とは「阿吽(あうん)像」のことだ。あんな怖いジムのインストラクターがいるとは思えないけど、ミナシロにはきっとそう見えたんだろう。ちょっとバチ当たりな感じもしたけど、もちろん悪気のない視点なんだと僕は思った。

僕は、ミナシロが筋肉隆々の阿吽像の前で楽しそうにニヤニヤしているのを見て、つい「これいいよね」って話しかけてしまった。

サークル仲間のほとんどは、観光スポットといっても寺院のしかも仏像にはあまり興味はなかったと思う。

観光スポットだから一応見ておくか、くらいの感じで流れるように見学しておそらく見たことすらも忘れてしまうのだろう。

実際ほとんどの連中は翌日のスケジュールである有名な遊園地の方を楽しみにしているようだった。

「これいいよね?」

「ホント、すごいね」

僕は昔から神社やお寺に関心があって、特に仏像にはとても興味を持っていた。

だから、嬉しそうに楽しそうに阿吽像を見ているミナシロの様子を見てまるで自分が理解されたかのようにうれしくなってしまったのだ。

気が付いたら僕は、知っている限りの仏像に関するウンチクをミナシロにまくし立てていた。

「この仏像の彫刻? あたしが通ってるジムのインストラクターに似てる」

ミナシロは、僕のウンチクを一通り聞き終えるとそう言って面白そうに笑った。

僕もなんだか面白くて一緒に笑った。

それから、僕とミナシロはなんとなく会話するようになっていった。

といってもミナシロは人気者だから、彼女にとってはきっと僕は大勢の友達の中の一人に過ぎないんだろうし、たまたま会話することがあってもミナシロが一方的に話していることが多い。

ミナシロの周りにはいつも誰かがいるので、僕と話す機会はほとんどないんだけど、時々ミナシロが僕を見つけると話しかけてくることがあった。

会話するときのミナシロの話は、時空を超えて世界中を飛び回っているような感じだった。帰国子女の人はミナシロ以外にも知っているけど、特にミナシロの話すことは独特だった。

ミナシロの話は正直、よくわからない話も多いけど、僕はその話を聞くのが楽しいと思った。

「そういえば、サカタくん今日チケット代出してくれてありがとう、ここのカフェ代はあたしが払うから」

「え、いいよ、そんなの、、誘ったのはコッチだし」

「ダメだよ、あたしも仏像が見たかったし、見れてウィンウィンだから、それにカフェ代くらい出さないとリエちゃんにも怒られるしね、ここはあたしにまかせて」

ミナシロはそれからサークル仲間の”リエちゃん”と自分がいかに仲が良いかを熱心に話し始めた。最終的にはなぜかフランス人のおばちゃんは30メートル先にいても香水の匂いでわかる、という話になってたけど。

カフェを出て僕とミナシロは駅に向かって歩いていた。ミナシロはこのあとジムの予約があるらしい。

「サカタくん、今日はありがとね、また仏像の展示会があったら教えてよ、今度はリエちゃんも誘ってみる? あ、でもリエちゃんは仏像に興味ないか、んー他に仏像が好きそうなのは、、、」

「あ、あの、ミナシロさあ、、」

「あ、ごめんね、あたしばっかりしゃべってるね、よく言われるんだよね、少しは人の話を聞けって、この間もリエちゃんに、、」

「ミナシロ!」

「あ、ハイ」

ミナシロは、興奮したようにずっと喋っていたけど、僕は何かを伝えないとと少し焦りながらミナシロのあちこちに飛んでいく話を聞きながら、ついに少し大きな声を出してしまって、自分で自分に狼狽えた。

「あ、いや、えっと、、」

「どうぞ!」ミナシロは立ち止まって、手を芝居がかった仕草で僕に差し出した。

ミナシロは、会話のバトンをあっさりと僕に渡して、興味深そうに僕の顔を覗き込んでいる。

「えっと、、あの、、ま、また誘うよ、、仏像展、、2人で、、」

バシッとミナシロと目が合った。

濃い茶色の瞳が嬉しそうに輝く。

「オッケー、楽しみにしてるよ、また行こうね、まあ仏像が好きなのはあたしとサカタくんくらいだもんね、アハハ」

いや、手強いよ、ミナシロ、、わかってる、君は本当に仏像を見るのが楽しみなだけなんだ、でも、やっぱり、、、好きなんだよなあ。うん、やっぱり、僕はミナシロが好きなんだ。

「あーでもあのジャキってホント面白かった、思い出しても爆笑だよ!」

ゆっくり歩き出したミナシロは、まるで独り言のようにしゃべりながら楽しそうに笑っていた。

まあ、でも楽しかったみたいだし、僕も楽しかったから、良かったよ。

とりあえず、ウィンウィンってことで。

おわり

※)久しぶりに短編小説です。ちょっと書き飛ばした感じもありますが、他の作品と一緒に楽しんでもらえたら嬉しいです。スキ/フォローありがとうございます。励みになります。



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