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【小説】ある技官、その妻とトキのぬいぐるみ 第18話

第18話 弥生人のそっくりさん募集をしていたらしい

 皆さん、大変です。なんと弥生人のそっくりさんをリアルで募集していたらしいんですよ。
 あ、すみません。美花です。興奮してついつい……。ええと、説明しますね。
 私は今、パソコンの前に座っているのですが、T県でそのような募集をしていたらしいのです。 なんと、弥生人の復顔像があるんですって! 男性で、つぶらな瞳は一重、顎からエラにかけてしっかりとした輪郭、肩までの長髪をハーフアップにまとめています。服装は淡いピンクの衣に勾玉のネックレスをしていてなかなかおしゃれな感じ(弥生的には)かな。う、ううーん。なんか、どこかでこういう感じの男性、見たことあるようなないような……
 実は、私は知っているのですよ。夫が、私のこと弥生人みたいだって思ってること。まったく。弥生人みたいって、夫は弥生人に会ったことあるんでしょうか? って、ないに決まってるのにーー
 私は古墳が大好きな古墳女子。時代が近いからって、顔が弥生人に似ているとは限りません。しかもこのT県の弥生人の復顔像は男性です。女性はどんな顔をしていたのでしょう? あるいは、この男性とすごく似ているのでしょか? ああ。あれこれと想いを馳せれば弥生時代、古墳時代の歴史ロマンがぐるぐると私の脳内を駆け巡ってゆき……
「みかちゃ、みかちゃ」
 という、きいちゃんの声にはっとしました。そういえば、きいちゃんのこと放ったままパソコンに見入っていた私なのです。
「ん、あのね、弥生人のそっくりさんを募集してたんだって」
「みえないぃ、みえないぃ」
「あ、そうか、ごめんごめん、きいちゃん」
 私はきいちゃんのぬいぐるみの体を、私の上半身とパソコンのあいだに置きました。もちろん、きいちゃんの顔をパソコンの方を向けましたよ。
「きいちゃん、この人どう思う?」
「おとこ」
「そうだね、男だね。えっと、あたしと似てる?」
 きゃっ、きゃっ。ときいちゃんは笑いながら、
「ちがう、みかちゃ、ちがう」
 となぜだか楽しそうなのです。そして、かわいい男児の声で。
「これ、だあれ?」
「ええと、弥生人」
「やよい…じん。あえる?」
「えーとね、もう死んでるの」
 しまった! 楽しそうだったきいちゃんが急に黙ってしまいました。笑い声ももうしません。私はあわてて、弥生人は古墳にいて、そっくりさんがいるから、ネットで会えると思うと言ってしまいました。
 はあぁ。なんてことでしょう。嘘はいけません。嘘は。嘘は優しい嘘もありますが、子供に嘘を言ってはいけません。私はなんて情けない大人なのでしょう。もし、私が人間の子供を産むか、養子縁組して人間の子供を育てるとしたら、めちゃくちゃだめだめだったろうな……
「そっくりさん、そっくりさん」
 きいちゃんは、また楽しくなってきたようです。うーん、これでよかったのだろうか……

 因みに、T県のこの募集は3年程前にあったようです。どのくらいの応募があったのですかね? 10名の入賞者は、弥生の王国の国民になれたみたいなのです。うわあ、いいなぁ。
 皆さんのなかには、締め切り前だったら美花は応募してたでしよ? と思う方もいるかもしれませんね。そんなー、しませんよ。私、演劇人でしたが、舞台に立つ役者ではなく、裏方でしたから。表舞台には出たくない性分なんです。それに、私、面長で奥二重なんですよ。だから、似てないでしょ?


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