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【小説】ある技官、その妻とトキのぬいぐるみ 第32話
第32話 消えた缶の謎
私、筑後川敦は仕事を終え、駐屯地から缶車へ帰るところであります。さあ、缶車が見えてきました。歩いています。そろそろ敷地に入ります。ここは国有地になります。
ああ、まただ……
思わずため息が出ました。敷地内の雑草の上にゴミが捨ててあるのが見えたたためです。どうやら、プラスチック製の弁当の容器のようです。ご丁寧にすぐそばに使用済みの割り箸とタバコの吸い殻まで捨ててあり、その少し先には空のペットボトルも捨てられているではありませんか。
やれやれ……
このような事例は多々あります。缶車の敷地へ、または駐屯地へのゴミの不法投棄は後を絶ちません。私が過去に勤務した駐屯地へは冷蔵庫などの家電や家具などが大量に不法投棄されていたことがあります。いちいち挙げるときりがありませんので、今回は缶車の敷地のみをお話することにします。
それにしても情けないと思いませんか?
日本は清潔な国だ。
東京にはゴミが落ちていない。
日本人はきれい好きだ。
日本人がゴミ拾いをする美談がニュースとなった。
この類の話をよく耳にしたり、記事などで読んだりします。皆さんも見たり聞いたりするのではないでしょうか。しかし現実はどうなのでしょうか?
もちろん、大多数の人はマナーがあると思うのですが、そうでない人達も一定数いるように思えてなりません…(あくまでも筑後川敦の感想ですが…)
私はゴミの横を通過します。素手で正体不明の人間が飲食したゴミを拾うことは、万が一ウイルスがついていたら厄介なことになりますので……。掃除当番に任せることとします。
「ただいまー」
「おかえりなさい」
「おかえんしゃーい」
私が缶車の中に入っていくと、妻とトキのきいちゃんが答えてくれます。きいちゃんのぬいぐるみの体は赤と白、今日も変わらずN国の国旗の色をしています。まぶしかぁ。
仕事用リュックから弁当箱を取り出し、レンジの上にのせ「ご馳走様」と妻の横顔へ声をかけます。「お粗末様」と答える妻は調理の真っ最中です。
さて、着替えようと部屋の方へ行きかけた時、唐突に妻が言ったのです。
「あのさ、缶が消えちゃったんだよ。1個もないの」
「消えた? 何が?」
「缶、か、ん……」
「かん…」
「ゴミの。誰かが捨ててく缶だよぉ」
実は現在、我が家はこの棟の掃除当番なのです。
掃除道具の入ったバケツがまわってきたら、2週間掃除当番になります。「3棟掃除当番」という札とフック付き磁石も一緒にもまわってきますから、缶車のドアに張り付けぶら提げます。
それでは具体的には何をするのかと言いますと、そのほとんどが敷地内へ投棄されたゴミを拾うことになります。拾い集めたゴミを分別し、有料の市町村指定のゴミ袋へ入れ、正しい曜日にゴミ捨て場に出すのです。N国に住むほとんどの人が同じ手順でしょう。(市町村によっては方法が違うかもしれません)
やっかいなのは、危険物や大型ゴミです。それらは、そのままゴミ袋に入れられません。市町村のゴミ処理券を購入し貼って回収してもらいます。その費用は私達の棟会費から出すことになります。心ない人間のゴミを私達の棟会費で処分する理不尽さ。追及すると疲れますので、諦めるしかありません……
「もおぉ~、絶対嫌がらせだよぉ、自E隊の敷地だってわかって、わざとやってる!」
妻は弥生人顔で怒りますが、地味顔なため全く怖くありません。
「ちょっとぉ、あっちゃん? 聞いてる⁈」
「聞いてるばい。俺に怒っても……」
「そうだけどぉ、もうっ、頭くるぅ」
棟長の仕事も、棟の掃除当番も妻に任せきりの私なので強いことは言えません、はい。さて、妻の説明によりますとーー。
今日の午後、足りない食料を買うため妻はこの辺では安いと評判のスーパーへ徒歩でいったそうなんです。出掛ける時に、敷地の雑草の上にはポテチの袋、コーヒーやジュースの缶、タバコの吸い殻、紙屑、使用済みマスク、ペットボトルなどが捨てられていたそうです。出かけるところだから、帰ってきてから掃除することにしたそうです。
「安いとつい買っちゃうんだよねぇ」
と妻はよく言いますが、今日もそうだったようで、ついついたくさん買ってしまい、リュックにつめ、更に右左の肩からエコバッグを下げて帰ってきたと。ああ、今日はたくさん買っちゃったな。まあ、いろいろ安く買えたからよしとしよう、と気分は上々だったそうで……
ところがです。横断歩道を渡り、缶車が近づいてきますと、見えてくる見えてくる。先程より明らかにゴミが増えているというのです。そして最悪なのが、棟のゴミ捨て場に骨の折れた傘と電気スタンド、今行ってきたスーパーの買い物カゴまで放置されている……。それらが次々と見えてきた。だけど、今は手がふさがっているから、缶車に荷物を置いてから掃除しよう、と。
妻が冷凍ものと要冷蔵の食品を冷蔵庫に詰め、疲れたので一休みしようと、湯を沸かしほうじ茶を1杯飲み(美花ちゃんはこういうとこ、のんびりばい)、それから掃除道具を持ち、〝現場〟に戻ったそうです。手袋をし、ゴミバサミで次々拾っていったそうなんですが、あれ? となった。さっきまでたくさん落ちていた缶だけが見当たらない。1つ残らずなくなっていることに気づいたらしいのです。
そこまで一気に話した妻は自分のイライラをなだめるために、きいちゃんのぬいぐるみの左右の翼を摘まみ上下に動かします。キャッ、キャッときいちゃん。羽をパタパタとして遊んでもらってると思って、喜びます。
ただでさえ公務員の妻だから肩身の狭い思いで毎日生活してるのに、と妻はぶつぶつと言っています。
私からすれば、妻は元演劇人だったときの癖が抜けずに、充分娯楽人間なのですが……。毎日好きな本を読んで、短歌を作って自由にしているのです。なぜそれで、肩身が狭いのでしょうか?
ちなみに誤解があってはいけませんので妻の代理で訂正します。妻は「公務員の妻」ではなく、「特別国家公務員の妻」です。そのようなことを考えていて、私はついつい次のようなことを口走ってしまったのです。
「今も、弁当の容器が捨ててあったばい」
「はあぁ⁈」
しまった! 余計なことを言ってしまった。
「もうもうもうぉ~、全部拾って、きれいにしたばっかりなのにぃ~」
妻は地団駄を踏みます。それからいきなり、きいちゃんのぬいぐるみの体を持ち上げ踊り出したのです。私はダンスはまったくわかりませんが、妻は子供のころバレエを習っていたらしく、(私の認識だと白鳥の湖? のアレですかね?)謎のステップを踏みきいちゃんのぬいぐるみの体を相手に、家具などのないスペースをくるくると回って移動していくのでした。
美花ちゃん、ついにご乱心。
「みかちゃ、まわるまわるよぉ〜、きゃきゃきゃ」
きいちゃんはくるくる回って回って楽しそうです。ははは。私は笑うしかありません。当然、夕飯の準備は完全に中断しています。腹減ったぁ……
そんなことがあった日から、三日ほどたった早朝のことでした。
私は缶車を出て駐屯地へ出勤するところでした。歩いていますと、前方を大量の缶が移動しているのが見えます。え⁈ 一瞬目を疑いました。
それは古びたママチャリの前と後ろに積まれた缶の塊でした。さまざまな缶が1辺1メートルほどの立方体にまとめられています。うまくまとめたものです。いやいや感心している場合ではありません。ニット帽を被った年齢不詳の男が缶をくくりつけた自転車を押して歩いています。
明らかに、怪しかぁ……
そう思いましたが、まさか、あなたはゴミの缶を集めてこれから売りにいくところですよね? とは言えません。証拠はないわけですし……
もやもやとしたまま職場へ向かいました。
まだ誰もいない部屋の自分の席に座ると、真っ先に妻へラ〇ンを送ります。見た事を伝えますと、すぐにプンプンと怒ったCーバくん(Cーバくんは落花生県のゆるキャラで横向きの姿が落花生県の形をしています)のスタンプが送られてきました。そして、その後にこんなメッセージが……
「もう! また踊っちゃうよ、きいちゃんと」
なんの解決にもなりませんが、私はあの夜の妻の謎のダンスを思い出し、クスリと笑ってしまいました。