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【母の遺作】笙太は落人の子孫なの?①

〔ー〕

 仲 笙太 (なか しょうた) は、 六年生だ。 身体は小さいが、 好奇心は人一倍強い。
 テレビも本も、ビデオも大好きだ。特にこってるのが、歴史もの。気にいった記事やグラビアは、切り抜いてためている。
 だから、今年の夏休みの (自由研究)は、歴史探訪(れきしたんぼう)でいくつもりだ。なにせ、かあさんの生まれたムラ=大間は、古い歴史があるらしい。前にちょこっともらしたことがあるから、今年は、てっていてきに取材させてもらうつもりだ。
 笙太は、まず、かあさんの生まれ在所の大間に電話してみた。
 大間は、静岡市の山奥、南アルプスの七つ峰のふもとにある。
 リリーン リリーン リリーン ・・・。
 ひいじいちゃんが、電話にでた。
「おお、笙太、元気か?」
 八十八歳のひいじいちゃんの声が、うれしそうに、 はずんだ。
「まちは、まいにち暑そうじゃが……
 かあさんは、今日も、出勤か?
 たまには、山の風にあたりに 来いよ」
 ひいじいちゃんは、『ムラの生き字引さん』とあだ名されてるだけあって、しっかりした声だ。
「うん、行かせてもらうよ。それより、ひいじい ちゃん、大間の歴史を教えてくれない?  社会科の宿題なんだ」
 笙太がたのむと、ひいじいちゃんは、どしっと重みのある声でいった。
「よしッ!なんでも教えてやる。早くのぼってこいよ」
 笙太は、「行く行く」 と、約束した。
 ひいじいちゃんが、はふはふっと、わらった。
 かあさんは、とうさんが単身赴任してから、お金がかかると、映画もカラオケもやめた。お盆休みも取らないで、働いている。
「かあさん、大閻に行こうよ。 青い顔して、夏バ テかもしれないよ」
「ほんと?そんなに青い?」
 かあさんは、あわててかがみを見た。
「じょうだんだよ。でも、たまには休もうよ」
「じゃ、久しぷりに、遊んでくるか?

〔二〕


 ニ日後。笙太とかあさんは、大間にむかった。
「しゅっぱあつ!」
 いせいよく声かけて、かあさんは、車のアクセルをふんだ。
 大間までは、車だと一時間半なのに、笙太は春休みいらいだ。
 ムワーッと熱気のあがる町中を、車は、一気に走りぬけ、安倍川をわたった。あとは、藁科川ぞいの道を、おくへおくへと走っていく。
 藁科川では、小さい子がうきわをつけて、きゃっきゃっと泳いでいた。 キャンプをしたり、ヤマメをつってる人もいた。
「これだけ楽しめるの、藁科川が、きれいなしょうこよね」
 かあさんは、自分の川みたいに、じまんした。
 やがて、 日向 (ひなた) という、少し大きな集落についた。
 かあさんが、なつかしそうに、いった。
「ここには、かあさんが卒業した 大川小学校や大川中学校があるのよ。
 静岡市に合併 (がっべい) されるまで、大間は大川村の一部でね。ここが、村の中心だったの」
「いつごろ、合併したの?」
「昭和四十四年 (一九九六年) かなあ。とうさんと知り合ったころよ」
「ヘぇえ。 そうかあ」
 笙太は、きょろきょろ、道の両脇を見た。ここには、農協や郵便局や、店も二・三軒あった。路繚バスの終点もここだった。


 大間と楢尾 (ならお) への別れ道にでた。
 橋をわたって、大間への道をとると、道がきゅうに細くなった。これぞ山道という感じだ。杉木立の中を、おくへおくへと進んでいく。
 かあさんは、こしをずらして、ハンドルをぎゅっとつかんだ。前をしっかとにらんで、右に左にカーブをきっていく。
「ゆっくりいこうよ。ゆっくり」
「わかってるよ、笙太」
 車は、あえぐように、後部ふりふり、山道を登っていく。
 笙太は、まどガラスをささげた。 ひいやり冷たい 山の風が、ふきこんできた。
「いい気分! 木の匂いがするね」
「緑のシャワーあびてるみたいでしょ」
 かあさんは、調子よく、車を走らせた。張り出した崖(がけ)も大岩の横も、ぶじ通り抜けた。
「これ、お金を出さないで、スリルが味わえる道だね」
「そうね。まだ よくなった方よ」
 かあさんは、短く答えて、くるりくるりと曲がっていった。
 杉林ごしに、家が、ちらっと見えた。
「ほらっ、かあさん!大間だ」
「もうひといきだ」
 かあさんは、アクセルを、強くふんだ。
 急な傾面をひっかくように、車が、グイッ、グイッと進んでいく。
 大間の茶畑と、青い尾根が、近づいてきた。

〔三〕


 笙太とかあさんは、車からおりた。
 足元は、切りそいだような谷だ。
 谷底から、涼しい風が、吹き上げてきた。
 二人で大きく伸びをして、大間の風をむねいっぱいすいこんだ。
 目の前は、山、また山。山並みが、いくつも重なって、遠くへいくほどうす青く見える。

 ホーホケキョ、ホーホケキョ……。
 ホーホケキョ、ホーホケキョ……。

 きゅうに、うぐいすのなき声がした。
「あれっ、夏なのに。ヘんだね」
「へんじゃないよ。いつも、今ごろないてるよ」
 かあさんが、わらった。
 笙太は、庭に入って、みんなをよんだ。
「じいちゃあん、ばあちゃあん。
 ひいじいちゃあん。こんにちはあ」
「おお、おお、笙太!よく来たのう。さあさあ、あがれ、あがれ!」
 ひいじいちゃんとじいちゃんが、おくからでてきて、口々にいった。
 ばあちゃんも、かばんを取ってくれた。
「ばあちゃん、おじゃまします」
「まあまあ、しっかりして!『おじゃまします』なんてあいさつが、できるようになったんだねえ」
 ばあちゃんは、ひやけした顔を、くしゃくしゃにして、よろこんだ
「すいか買って、福養の滝で、冷やしておいたからね。切ってくるから、ちょっと休んでな」
 ばあちゃんは、かあさんと、台所にいった。
 かあさんのはしゃいだ声が、聞こえてきた。
「わあ、このすいか、あまいね!これ、物売りのヤエねえから買ったんでしょ。ヤエねえは、やっぱり目ききがいいわ」
「ヤエねえが、肉も魚も売りに来てくれるから、店のない大間も、大助かりさ」
「お年寄りもふえたしねえ」

 笙太は、ポケッ卜のてちょうをそっと出して、メモをした。
『店ーなし。
 お年寄りーふえた。
 物売りのヤエねえー肉・魚・すいか売る』

 かあさん達のおしゃベりは、まだ続いている。
「笙太のすいかは、まだかあ?」
 じいちゃんにせかされて、かあさんは、あわててすいかを運んできた。 みんなの真ん中に、おぼんをおくと、いった。
「大間は、ちっともかわらんねえ。いいわあ」
「それが、そうでもないんじゃよ。
 まちにおりていくしゅうが、ふえてのう。
 今じゃ、十三軒のうち、一年中いるのは、八軒になってしまった」
 じいちゃんの声は、さびしそうだ。
「こんないい所なのに。 どうしてへるのかなぁ?」
 笙太が聞いたら、ひいじいちゃんがいった。
「ここには、学校がないからなあ。
 教育問題が、ムラの一番のなやみだな。おないどしの子が少ないから、 群れてあそぷことも、できなくなったしなあ ……」
 じいちゃんが、コホンとせきばらいして、すいかをわたしてくれた。
「むつかしいことは、 あとあと!ほれっ 笙太、食えよ」
 とんがり山にかぷりつくと、冷えた甘いしるが、笙太ののどをすベり落ちていった。


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「かしの木」21号 1991年4月 掲載
「コロナ」No35   1991年5月 掲載




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