【母の遺作】 すすきの村で その2


モヘヤのセーターについたよごれ

 台風が、かすってすぎた月曜の朝急に、気温が、さがった。
 マリ子は、父さんに買ってもらったばかりの白いセーターをだす。
「あら、それは、おでかけ用じゃない。だめよ、学校なんかに着ていっちゃ」
 母さんは、いったけど、マリ子には、みんなに見せびらかしてやりたい、気持ちの方が、ずうーっと強い。
 母さんの声なんて、静こえないふりで、さっさと、 着がえをすませた。
「マリちゃーん、はやく」
 勝子が、ランドセルをガタガタさせて、 窓の外で、叫んでいる。
「まあ、また、勝子ちゃんと 」
 母さんは、まゆをしかめた。
「土曜日も、あなたたち、いっしょに山にいったでしょう。八重子ちゃん家のおばさんの店にいったら、 奥さん、つきあわせない方がいいんじゃないですかって…」
「だれとつきあおうと、勝手でしょ。私の友達で、母さんの友達じゃないんだから」
 マリ子は、プン、プン、はらをたてた。
「八重子のおばさん、母さんに、いいつけなくてもいいのに」
「おくれるよう。マリ子ちゃーん」
 マリ子は、いそいで玄関をとびだす。
 母さんが、なんだか、あの子、変わったわなんてつぶやいたのなんか、もちろん、マリ子には聞こえなかった。
「おっまったせえ」
 マリ子は、勝子の目の前で、とんと、 とまる。
「わあー、ふわふわの、うさぎみたい」
「モヘヤで、あんでるんだって」
「すてき。ちょっと、さわらせて」
「いいわよ。ここね」
 マリ子は、右腕の内側をゆびさした。
「やわらかいわ」
「あったかいわよ」
 勝子は、うらやましそうに、白いセーターをなでつづけた。
「いそごうー 学校、おくれちゃうよ」
 マリ子は、じゃけんに、そでをはらうと、速足で歩きはじめた。
「マリ子ちゃーん、だあれも、こんな、すてきなセ ーター、もっとらんよ」
 勝子は、なんども、ためいきをついた。
 マリ子は、そのたんびに、うれしさが、こみあげてきた。


「なに、ぐずぐずしとったん。ずうーっと、まってたのに」
 すすきの土手で、麻子が、はらだたしげに、顔をしかめた。
「麻子ちゃん、マリ子ちゃん、すごく、ええセータ ー着てるやろ。うち、見せてもろとったんよ。ほら、 麻子ちゃんも、さわってみい。ええ気持ちやでえー。 モヘヤだって、うさぎ、なでとるみたいや」
 勝子は、麻子をまねた、関西なまりでいった。
「ふーん。ほなら、うちも、さわらせてもらお」 麻子は、つと、しゃがむと、土くれをひろって、マリ子の白いセーターのそでに、こすりつけた。茶 包っぽいよごれが、うすく残った。
「ひどいじゃん」
 マリ子は、そでをパタパタはらった。けど、よごれは、いっそう、めだつような気がした。麻子は、 ニヤッと笑った。
「ごめんな。うちが、友達のマリ子ちゃんに、わざと、よごれつけるはずないじゃん。信じてくれるやろ」
(うそじゃ、わざとに、決まってる。だって、一番はじめに会った時だって、白いワンピース、よごされたもん)
と、マリ子は、きっとなってが、麻子の黒びかりする目を見つめると、なにもいえなかった。
「八重子、今日も、休むらしいよ。マリ子ちゃん、 あんたが、いじめたから、学校へも、これんようになって、かわいそうなこっちゃ」
麻子は、思い出したみたいにいった。
(ちがう。あれは、麻子ちゃんが、私や、勝子ちゃん使って、八重子ちゃん、いじめさしたんじゃ …)
「なんや、マリ子ちゃん。いいたいことあるんか。 きつい目でにらんで」
 麻子が、マリ子につめよった。マリ子は、おもわず、目をふせて、あとずさりした。
「ほら、食べえな。土曜日のクリや。三人でとったんやから、三人のもんや。ゆでといたったからな」
 マリ子の鼻先でひらいた麻子の手のひらには、小つぶのクリが五こ、茶色に光っていた。
 マリ子は、思いきっていう。
「いらないわ。だって、ぬすんだクリなんて!まだ、ドロボーには、なりたくないもん」
「なにいってんのよ。マリ子だって、けっこう、よろこんで、クリ、はたき落としてたじゃん」 麻子が、せせら笑った。
「だって、麻子ちゃんちのクリの木だって、思ったんだもん」
 マリ子は、必死でいい返す。
「そうだよ。麻子ん家のクリの木だよ」
「昔はそうだったって、いうんでしょ。今は、あの山は、八重子ちゃんちに売ったって、いったじゃない、土曜日」
「クリの木までは、売ったって聞いとらんもん。クリの木は、どこのものか、まだわからん。わからんもんは、だれがもろうてもええ」
「そんなん、へりくつでしょ」
 マリ子は、どんどん、歩きはじめた。こんなところで、いいあいしてたら、学校におくれちゃう。
「まちいな、マリ子ちゃん」
 勝子が、おいかけてきて、背中をひっぱたいた。
「マリ子ちゃん、あんた八重子に万引きさしたこと、忘れたんか?八重子は、学校にくるのがこわいって、三日も休んだんやで。マリ子ちゃんの責任やんか」
「そんなこといったって、それは、麻子ちゃんと勝子ちゃんが、私にさせたんじゃない…」
マリ子は、 いいつのった。
「三人は,もう、仲問なんや。仲間は、くっついて、 仲良うしとる方が、ええ。麻子ちゃんについときいな」
せ なか
 勝子は、マリ子の手をつかんだ。マリ子は、背中が、ゾクッとした。でも、勝子の手をふりはらうことが、できなかった。
 勝子が、麻子のきげんをとるように聞いた。
「ねえー、麻子ちゃん、八重子、今日も、たぶん、 学校休むんでしょ。休んどるんじゃ、いじめてやれんじゃん。くそおもしろくもない。つぎ、だれにする?」
しんばい
「そんなこと、あんたが、心配せんでもええ。まだ、 気にくわんやつは、なんぼでも、おる。市子だってなまいきや」
「そうや、そうや。先生のいうこと、なんでも、 ハイハイ聞いて。八重んとこの手紙も、ことづかってったんやろ、あの市子」
「そうよ。あの、いい子、ぶりっ子が。うち、あんなのが、いちばん、すかん」
 二人は、口をとがらせて、市子の悪ロをいいはじめた。
 この二学期に、引越してきたばかりのマリ子には、市子が、どういう性格の子か、わからなかった。でも、だまっていると、二人に、変にいわれそうで、 あわてていった。
「市子ちゃんって、私も、きらいや」
 土手のすすきは、穂先が、少しふくらんできた。秋風に、おいでおいでをするように、いっせいにゆれている。 


祭り、祭り、八重子ちゃんと祭り


市子は、今日も、八重子の家へとむかっていた。八重子は、市子が、いくらさそっても学校に来なかった。
 かなしそうな目で、じっと、したをむくだけで、八重子は、市子にも、気持をうちあけようとはしない。それでも、きのうは、帰ろうとする市子の手に、ドングリゴマを五個、だまってわたしてくれた。
「山へいったの?・八重子ちゃん。もみじが、きれいだものねえ」
 コクンと、子どものように、うなずいた八重子が、かわいそうで、市子は、なんとかしてやりたかった。
 いいちえは、うかばなかったけれど、せめて八重子の家にかよって、友だち関係をつづけたいと思った。

 北風が、ヒューとふいて、たんぼのわらたばを、バサバサさせていく。そのわらたばのかげで、声がした。
「しんいちにいさーん。こんどは、ぼくに、たたかせてよ」
「ドンツクツクツク。ドンツクツンでしょ」
 一年から三年までの、学童保育の子どもたちの全員が、今日は、大だいこをとりかこんで、すわっていた。わらたばを、一つずつ腰かけがわりにしいて、女の子も、あぐらをかいている。
「よーし。手を、両足の上において。いいか、哲也のバチにあわせて、口で、いうんだぞ。そーれ、ドンツクツクツク、ドンツクドンー!」
 子どもたちは、上体をゆらして、音頭をとりながら、ひざをたたいた。
"ドンツク、ツクツク、ドンツク、ドン。
ドンツク、ツクツク、ドンツク、ドン。
ドンツク、ツクツク、ドンツク、ドン"
「だいぶ、うまくなったのう」
正吉じいさんが、近づいてきた。
「ほれ、今日は寒いけん、ゆでじゃがのさしいれじゃ」
 正吉じいさんは、うでにかかえたなべを、みんなのわのなかにおいた。
「わあー、うれしい」
「いつも、ありがとう」
「すみません、正吉じいさん」
 伸一兄さんが、正吉じいさんの前にまわって、頭をさげた。
「なんの、なんの?これしか、楽しみがないでよ。ほかくわしてやるもんのおるでなし。ま、年金ぐらしの年よりには、ろくな、さし入れもでけんけど… 」
「そんなことないよ。じいちゃんちのかきも、さつまいもも、とくべつあまくて、おいしいよ」
 和美が、あまえた声をだして、正吉じいさんに、じゃがいもをーつ、わたした。
「お、お、ありがと、じゃ、いっしょに、くってくかな。 ああ、和美ちゃん、姉ちゃんにも、一つ取ってきてやれよ。市子ちゃん、食べていきなよ」
 正吉じいさんは、あたりまえの顔をして、市子をさそった。ランドセルをしょっている学校帰りだって、べつに気をつかう必要はない感じだ。
 ちょっとまよった市子も、じゃがいものあたたかには、負けた。
「おおいそぎで、よばれさせてもらいます。私、八重子ちゃんちに、よってく
 市子は、ほかほかのじゃがいもの皮をむきながら、正吉じいさんにいった。
「お、八重子のことたのむぜよ。あの子は、祭りがすきなのに、今年の秋祭りにも、てこんで…。かわいそうなこった。なんで、あんなに、人ぎらいになったんかのう」
「ね、ね、正吉じいさん。姉ちゃん、ドングリゴマ五個も、もらったのよ。八重子ちゃんに」
「へえー、そりゃ良かった。いつのこった?」
「きのうです」
「ちょっとずつは、気もほぐれてきよんかいのう。あの子は、やさしい子じゃから、全部、自分の胸にしょいこんで、しまうのかなあ」
 正吉じいさんのつぶやきに、哲也が、じゃがいもをほおばったまま、いきなりたって、
「ドンツク、ツクツク、ドンツク、ドンー!たいこでも、たたきゃ、むねが、すっきリするぜえ」
と、たいこをたたく、まねをした。
「ねえ、正吉じいさん、八重子ちゃんは、祭りがすきだって…どうして、正吉じいさん、そう思うの?」
「身体が、自然に動いとるよ。指や、足先がな」
伸一兄さんも、口をはさんだ。
「八重子ちゃんのリズム感は、バソグンだぜ。たいこがなリだすと、自然に身体が、リズムを取るんだ。ただ、はずかしがりやだから、大きくは動かんけどな。ありゃあ、そうとう感がいいぜ」
市子は、胸がドキドギしてきたo
(あの、おとなしそっな八重子ちゃんに、そんな面があったなんて、新発見!)
「ありがとう。ごちそうさまあ」
市子は、手の甲で口をぬぐいながら、たちあがった。ランドセルをしょいなおすと、あぜみちを走った。八幡山のもみじが、市子の目にあざやかにとびこんでくる。背中からは、正吉じいさんの、力づよいたいこの音が、おいかけてきた。
"ドンツク、ツクツク、ドンツク、ドン。
ドンツク、ツクツク、ドンツク、ドンク"
(祭り、祭り、八重子ちゃんと祭り)
 市子は、たいこの音に、はげまされ、いいちえが、でてくる。八木先生にも、八重子ちゃんのお母さんにも、友だちにも相談してみよう。

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1985年度子ども世界・児童文化の会 年度別文化賞受賞作品

子ども世界No.140 141 86年3月号4月号 掲載
   



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