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バレンタインデーはおすき?その1

ギリチョコって、なあに

北風が、さあーっと、商店街を、ふきぬけていった。

「洋子、バレンタインデーは、おすき?」

 ゆいちゃんが、調理実習用のじゃがいもの入った袋を、ブランブランさせながら、きいた。

「わかんない。バレンタインのチョコなんか、いっぺんも買ったことないんだもん」

「だろうと思った。洋子は、ひっこみじあんんだから……。買おう、買おう。こういうのは、タイミング!」

 ゆいちゃんは、洋子の腕をひっぱって、目の前のおかし屋さんに、とびこんだ。

 ケースの中には、箱詰めの大きいチョコ、丸いチョコ、ハート形チョコと、色とりどりに、ならんでいる。ホワイトチョコや、文字いりチョコまで、そろっていた。

「ね、ね、洋子はどれがいい?私は、班の本田と、四郎と、洋二に、一個ずつ。義理チョコだから、小さいのでいいんだ」

 ゆいちゃんは、ケースをのぞきこんで、小さいチョコをさがしている。

「ゆいちゃん、ギリチョコってなあに?」

「義理チョコも知らないのか?おくれてるうー」

 ゆいちゃんは、目を丸くして、洋子を見つめた。

 ほっぺたのはった、ゆいちゃんの顔が、ますます、太って見えた。

 ゆいちゃんは、いつも口が悪い。でも、さっぱりしているので、にくまれない。中一になって、小学校の時のようには、いいたいことをいえなくなった、洋子にとっては、「あこがれの君」だ。

(それにしても、太った君)

 クスッと、洋子が笑うと、ゆいちゃんは、ふくれた。

「なんやねん。ギリチョコの説明、してやろうと思ったのにさ」

「あっ、してして」

「ギリチョコとは、えー、すきでもない人に、義理で、あげるチョコ。チョコもらえなくて、しょげてる男子見るの、ゆい、きらいだから」

「ふーん、それで、ゆいちゃんは、ギリチョコを買うわけか?」

「そうよ。毎年、2月は、お小使いためるの、苦労するんだから……」

ゆいちゃんは、笑いながら、目は、しっかりケースの中を、物色している。

「あっ、これ、これ。班の男子は、くいいじがはってるから、平べったくて、ちょっと目には、大きく見えるほうが、いいんだ」

ゆいちゃんは、洋子に、解説する。

「すみません。これ3つ、ください。小さくて悪いけど、リボンつけてね。えーと、それから、コインチョコを、30個、紙袋に、ガサッと入れてください」

ゆいちゃんは、ジェスチャー入りで、たのんだ。

「はい 紙袋に、ガサッとですね」

わかい店員さんが、くっくっと、笑いながら、ゆいちゃんのまねをする。

店員さんが、ゆいちゃんのチョコ3個に、リボンをつけているまに、ゆいちゃんは、せっついた。

「洋子ー、どれでもいいから、はやく、決めなよ」

「だって、あげる人、いないんだもん。父さんは、チョコのにおいかいだだけでも、気分が悪くなるって、いうんだからね」

ゆいちゃんは、なんだという顔をしかけて、ポンと、手をたたいた。

「ほら、いるじゃない。あの子。卓球部のあの子よー。2学期が、はじまったすぐのころ、洋子、ちょっと気になるって、いってたじゃん」

ゆいちゃんは、すっかりはしゃいで、洋子の腕を、ふった。

洋子の頭にも、忘れていた、あの子の長い足が、すうーっとうかんだ。白いショートパンツに、日焼けした長い足。集まればぎゃあぎゃあさわぐ、ガキっぽい1年生の男子の中で、あの子は等不思議に物静かだった。

同じ体育館で、部活をしながら、休けい時間、よく文庫本を読んでいた。あの子の存在が、なんとなく気になった時期が、たしかにあった。

日焼けした足と、小首をかしげるくせと、文庫本が、そぐわなくて、ゆいちゃんに、話したこともあったっけ………。洋子が、そんな事を思い出しているまに、ゆいちゃんは、チョコを物色したらしい。

「ほら、あの星のマークのついた、チョコ、どう?」

「でも……」

「でもも、へちまもないの。こういうのは、タイミング。ほら、やっぱり、あのチョコがいいよ。出した、だした、300円!」

ゆいちゃんは、洋子の鼻先に、手をさしだした。

洋子は、あやつり人形みたいに、赤いサイフを出していた。

☆☆☆☆☆☆☆

子ども世界No.127 85年2月号に掲載



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