自分以外の音。

幼少期、まだ子供も普通に入店できた頃の話。私の子守唄は、パチンコ店のあの騒音とも言える音たちだった。

いつも一緒にいてくれた祖母は、パチンコが趣味だった。祖母が打つ隣の席に座り、気づけば船を漕いでいる。よく覚えている光景。


ある日の小学校の理科の授業で。その日はみんなでべっこう飴を作る日。

先生がアルミカップを手に持って説明しているとき、あの控えめに鳴るパリパリ音に今まで感じたことのない何かを感じた。今、言葉にするとするなら「安心感」や「恍惚感」だったんだと思う。

その日おうちに帰ってアルミホイルを少しちぎり、目をつむってパリパリ音を出してみた。でも自分の音では全然ダメ。そう感じるのは他の人が出す音限定のようだった。


その感覚に気づいてから、ビーカーの中身を混ぜ棒で混ぜているときのあのカランカランとした音や、ページをめくる音、先生が黒板に書いているときの音にもときどき、心地よく感じることに気づき始めた。

誰かに一度、「他の人が出す音に心地よく感じるときない?」って聞いたと思う。「別に」という答えが返ってきて、その後は特に誰にいうでもなく過ごした。


グラスの中で氷がぶつかる音、紙に何かを書いている音。キーボードのクリック音(強めのエンター以外)、野菜を切っている音、シャワーの音や水の流れる音。好き。


心地よい音に気づいたことで、皮肉にも同時に「その反対」も知ることになった。

給食の時間、食器の金属同士が擦れる音、クチャクチャ音。歯にスプーンが当たる音なんかも不快に感じた。

「他の人の音すべて」が好きなわけではないみたいだ。

大きい道路でひっきりなしに行き交う車の音、静かな場所で突然聞こえてくる破裂音にも似たバイクの排気音。電車が通り過ぎる音なんかは胸がざわざわしてすごく怖くて、夜に横を通ったりするときはいまだに耳を塞いでしまう。

人間性を疑われそうだけど、赤ちゃんの泣き声や子供がはしゃぐ声もすごく苦手。

マンションやアパートに住んでいるときの、上から聞こえて来る声や足音物音は、ハゲそうになるほど苦手。

嫌いな音も意外と多かった。


数年前、YouTubeで「ASMR」という言葉を初めて知る。

ここでようやく、あの感覚は私だけじゃなかったことに気づいて、同じように感じる人がいるといううれしさもあった。

それからよく、ASMRの動画を見るようになった。私が見るのはスライムや咀嚼音が主。

スライムの中でも特に好きな音があるし、咀嚼音もクチャ音は苦手だったり、何本も見たことで自分の好きな音の傾向もわかってきた。


私自身も見よう見まねで何本が撮って、私たち夫婦のYouTubeチャンネルにも載せている。

載せた直後は自分でやっているという意識が強いからか見ても何も感じなかったけど、こないだ久々に見てみたら、心地よいものに昇華していたのもおもしろかった。


最近のお気に入りがこの1本。

毎日のように見ている。少し前、心が落ち着かなかったときなんかは、テレビを見ながら同時に耳元で再生していたりもした。

思いつきで2倍速で再生してみたら、これまた良いのです。

途中のクチャ音は飛ばします。

パリパリ。ポリポリ。ゴリゴリ。

静かなる高揚と、安心感がとても好きです。


これを書き終わったらきっと私も、再生ボタンを押してしまう。



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すい(ふーふーちゃんねる。)
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