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距離とダンスと見たいもの HSP/HSE

おはようございます

一週間位前、虫の綺麗な声がよく聴こえる

音楽がいつもより鮮明に聴こえるタイミングがあったんですけど

昨日今日は、無音な感じがして

うーんって思ってたけど、書き終えたらまた耳の奥から聞こえだして安心しました

※HSP/HSEだとなんとなく思ってる人が、色々書いてるだけのところです

頑張っている人の足を止めさせるために書いてる訳じゃなく、

頑張る人達の作る明日を想像して、自分ものんびり頑張ろーってだけの話です



ドレスで踊る


他人になにか、自分と言うものをわかって欲しい
知って欲しいというのは

もしかしたら自分がされた、言われた事を相手にしているかもしれない


知って貰うことで
世界の当たり前を
透明で見えないが、そこにあったものを認識してもらえる


もしかしたら、それは優しさに繋がるかもしれない


けど、それは本当に誰かの為になるのかな

もう、昔の事


お前は普通じゃないけど特別でもない
お前なんかおかしいよ
お前、やっぱり病気だよ


考えすぎだよ


自分に投げ掛けられた言葉を思い出す


自分にその言葉を与えた誰かは
自分に変わって欲しかったんだと思う

誰かにとって、考えすぎて
体調にまで影響をきたすようなことは辛いから

誰かの思う楽な、考えすぎない生き方もあって
そうしたら楽になるんじゃないかっていう優しさ

自分という個性を全部否定した優しさ


自分はこの時初めて
自分が好きだったと意識した


こういう考えがある、人がいるんだと知って欲しい
そうなれば、優しい世界になる/楽に生きれる世界があると気付ける

という両方の人達を見て、聞いて


自分もそうなったら良いなと思う


けどそれ以上に

不特定多数の、「自分にとってどうでもいい人達」にまで知って欲しいとは思わない

色んな人がいる事を、知ってる


だから自分は

透明で見えないが故に、ぶつかってしまった人にだけ
ここにいますと伝えられればそれでいい


他人のせいは、自分のせい
手の届く範囲の責任だけしか背負えない





テーブルの上には豪華な料理


ただ、知って欲しいと
世界に呼び掛けてくれる人がいるお陰で

何処かで迷子になってしまった人を助けられるかもしれない

浅い知識は人を容易に傷付ける
自分も、気付かないうちにそうしてしまっていた事があったと思う

今も


知ってもらう、出来れば理解してもらう
相容れなくても同じ世界に生きてる事を受け入れて貰う

こういう生き方をしてる人がいる

自分と違うことに嫌悪感を抱く人は
どのくらいいるんだろうか

伝える事で、沢山の刺激に出会う事になる人や、刺激がこちらを向くことを想像すると
自分の方がまいってしまいそうになる

安心出来る人に、旅立って欲しくない
相手以上に、自分の為に




二人で、一緒に



人と違う事を個性というなら、
広く知られて、いいように自分の持つ個性を模倣する人に出会ったとき
自分は居なくなるのかもしれない
怒るのかもしれない


この個性を、世界に当たり前だと認識させたとき
留まっている事は出来なくなる

自分であり続ける為に
今度はこの手で、誰かの知らないものを掴まないといけない


誰かに全部を理解されたくない
しようとしてくれることが一番嬉しい

自分のよく知らない誰かに簡単に理解されるような事を、永遠のように悩んだ自分なんて好きになれない


歩み寄ろうとする事は、しあわせ
だけどちゃんと
お互いにちょうどいい距離で止まれるようにしたい

自分と相手の距離感で

同じものを見て、

たぶん、一緒のものを見てるねって

そう思えたら、嬉しい

きっと人生で一番大事な時間だと思える



知って欲しいと願う人の

しあわせはもうここにきっとあるけど、

元気が出ると、それを広げようとする

エネルギーを外に出そうとする

外にうちひしがれてしまう事があっても、

帰る場所はあるから、わかってもらえない事に悩みすぎないで

仲間の事まで、遠ざけないで



生きづらさを感じた中学の時

人生をつまらないなと思った高校の頃

けど、それだけじゃなかった事も憶えてる


辛いことは昨日の事のように思い出せるのに楽しいことは…って一瞬思ったけど
楽しかった事はありすぎるからそれが普通に、辛い事は本当は少ないから特別に感じるようになってたからなのかも


他人の心が自分に入ってくる前の

そのままの自分を思い出すと、感じる

大変そうなみんなを見て、自分も大変にならないといけないって思ったこと

自分らしく穏やかに生きることが誰かの癒しになることはあまりなく、許せない人が多くいること


けど、それでも

馬鹿にされても、笑われても

死ぬまでは自分でいたい


嫉妬で相手のしあわせを奪うより

向上心に変えて、自分もそうなりたいと頑張るキッカケにする

それだけのエネルギーを持ってることは

見たらわかる


他人のしあわせを見て、自分も嬉しくなれればそれが良いとも思うけど。




こうした方が良いって、思うことはある

けどあくまで思うだけ

困ってたり、自分を変えたいって思う人にだけ言うときもある

そのままでも良いって思うことの方がほとんどだけど


他人に求めることなんてない

頭のなかでぐるぐる考えてても、起きたことは起きた事として対処するから

他人が自分の考えにどういう事を感じようが、どうでもいい

ただ、辛さの支えになれば良いと願って

言葉を送り出してるだけだから

必要なかったら、黙って捨ててくれたら良い


見ず知らずの他人が他人のことを好き勝手言うのなんて、そもそもおかしいんだから



流れてるもの


普段なら絶対に心に留めておくこと

一対一の時くらいしか話さないようなことを書いた気がする

自分に人の気持ちはわからないです


今回の記事は、なにか

引っ張られて書いた感じがして、違うけど

今日はそういう日だったんだなって思います

他人の刺激を受けてるときの自分だったんだなって


あらゆる言葉が、自分に向けられてる感じがして

なんでかわからないけど言い訳を考えたり、それは違うってもっと正確に伝えようって思う時があるけど

悪い方じゃなければそれも良いねって思うだけ、

自分が思ったことが、そのまま伝わってる事なんてめったにないけど

だからこそ、おおらかな気持ちで人を見たい



皆が笑ってる世界で、のんびりしていたい

それだけ思って自分が生きやすいように生きてます



ここまで読むの、大変だった方いらっしゃいますか?(長さじゃなく)

ごめんなさい、けどありがとうございます

頑張り方は違うけど、たぶん応援してます


ここを見付けてくれた方、嬉しいです


色々、ありがとうございました



おしまい


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