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to doリストと虚無

久しぶりに、『プラダを着た悪魔』を観た。

主人公のアンドレアは、仕事に忙殺されて自分の大事な価値観さえ忘れてしまう。そしてそれに気づけない。
そんなことあるかなあと映画を観ながら思ったけれど、最近の私もそうだった。自分のことになると、途端に見えなくなるよね。

to doリストを消していくだけの日々は、なんと味気ないのだろうか。

私は結構努力家なので(自分で言うか)、to doリストを作ったりそれを実行していったりするのは嫌いじゃない。むしろ好きなほうだ。
したいことはたくさんあって、やらなきゃいけないこともたくさんある。
全部to doに落とし込んで、ひとつずつやっていく。

そんな生活をしていると、ちょっと時間ができた時、何をしていいかわからなくなった。

「時間あるな・・・したいこと・・・なんだろう、本読む?」と、2週間前から借りている本を読もうとするも、全然本の中に浸れない。心ここにあらずな感じで、全然楽しめなかった。

そんなタイミングで、体調を崩した。喉、扁桃腺をやってしまったので歌いたくても歌いづらい。倦怠感もすごくてなかなか思うように体が動かない。
そうなって初めて、「そういやなんか頑張りすぎてた気がするな」と気づいた。

私は扁桃炎に定期的になるんだけれど、風邪と同じで抵抗力が落ちているときになりやすいらしい。
体が”もう無理よ”ってSOSをかけてくれたんだな、と捉えることにして、一旦いろいろ休憩。

とにかくたくさん寝て、栄養を取って、どうしてもやらなければならないことだけして、また寝る。そんな風に過ごしていると、心に最近なかった余裕・余白感が生まれてきた。
そうしたら自然とやりたいこともわいてきて、その一環で今こうして文章を書いてみている。

せかせか過ごしている日にちょっと隙間時間ができたって、余白感は感じられなかった。時間は余ったのにしたいことがわからなくて、とりあえず本を読んでみても浸れなかったり。
物理的に時間があることと、精神的に余裕を持てることはイコールじゃないらしい。

私が本当にやりたいことは、to doリストに沿って時間を気にして、毎日をせかせか生きることじゃない。

起きてすぐに家事したり、とばたばた動くんじゃなくて、
朝は部屋で、やわらかく入ってくる陽に満たされながら紅茶でも飲んでぼーっとしたい。

昼はちょっと散歩したりして、寒いけど冬の昼間はいいなあって目に映る景色をただただ楽しみたいし、そこからフッと歌詞を思いついたりしていい気分になりたいし、日々のおなかを満たすための料理だって「今日は野菜たくさん食べたいから寄せ鍋にしよう」とかっていちいちわくわくしたいし、日々過ごしていく中での発見をこうやってたまには文字に書き起こしたい。
久しぶりに文章を書いたら楽しかったな。

そうやって暮らしを楽しめるのは、すごく幸せなことだな、と思う。
実際なかなかそんな余裕もないけれど、せめて休みの日くらいは。
頑張る時間と少なくとも同じ時間分、余白時間もセットしておきたい。

といってもまた、体調が完全に復活したらせかせかしちゃうんだろうけど。でもせっかく気づけたので、意識して余白時間をつくっていきたいなと思う。今年の目標に追加。

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