樹木から学ぶ生き方(2)究極のバックアップ・材内師部の役割
樹木は、樹皮を鎧の役割として、外敵の侵入から身を守っている。樹皮は、周皮を境に外樹皮と内樹皮に分かれ、その内側に細胞分裂を司る形成層がある。形成層を挟んで内側が木部、外側が師部である。師部には、師管と呼ばれる通道組織があり、葉で光合成で得られた同化産物を下方へ送る役割を果たしている。木部に在る道管が根で吸い上げた水を上方へ送るのと対照的である。同化産物は、樹木の軸方向に垂直な方向に在る柔細胞を通して、形成層や木部細胞に運ばれて、細胞分裂のエネルギーや細胞壁(セルロースなど)の形成に使われる。内樹皮には生きた柔細胞が存在するが、外樹皮では柔細胞は死んで保護機能のみを有する。
樹皮を剥ごうとすると、形成層部分の細胞壁が薄くて水々しいために、そこで剥がれ易い。樹皮が全周に渡って剥がれると、樹木は生きるためのエネルギー補給経路である師管を失うために、もはや生存出来なくなって枯れてしまう。これを応用した林業伐採技術は巻き枯らしと呼ばれる。道管の水の供給路が閉塞して枯れるナラ枯れやマツ枯れとは対照的である。
ところが、樹木には、樹皮を全周剥がされても死なない種が存在する。ジンチョウゲ科の沈香だ。沈香は、師部や木部が病虫害や風などで物理的に傷つけられると、外敵の侵入を防ぐために傷害樹脂道を形成し樹脂を貯める。これが乾燥して熱せられると独特の芳香を放つため、香木として高値で取引されることで良く知られているが、材内師部を有することでも特異的である。材内師部とは、木部の中にアイランド状に存在する師部のことである。そこには師管や生きた柔細胞が存在して、内樹皮同様の役割を果たしている。万一、樹皮が剥がされても、バックアップの役割を果たして、分裂を開始し、同じく木部に存在する空隙の間に動物の様に侵入して、樹木の生命活動を支えてくれる。まるで、隠された財源や緊急避難時の支援物資の備蓄の様だ。
人生において、何度となく試練を迎えることがある。その多くは経済的な理由であったり、精神的あるいは肉体的なものである。尽きてしまえばそれで終わりかもしれないが、材内師部を有する沈香に倣って、尽きる前からしっかりと備えておけば、憂いも無かろう。