青い瓶
17世紀、ウィーンで「青い瓶」と呼ばれるコーヒーハウスが誕生しました。創業者のフランツ・ゲオルグ・コルシュツィツキーは、オスマン帝国との戦いの後に残されたコーヒー豆を使い、ウィーンで初めてのコーヒーハウスを開きました。「青い瓶」は、ウィーンに新しいコーヒーカルチャーをもたらし、ヨーロッパ全土に広がるコーヒー文化の基盤を築いた場所として知られています。
この「青い瓶」の伝統と精神を受け継いだブランドが、現代のブルーボトルコーヒーです。ブルーボトルコーヒーの創業者、ジェームス・フリーマンは、コーヒーの品質に対する徹底的なこだわりと、一杯ごとに特別な体験を提供するという理念を持っています。フリーマンは、コルシュツィツキーの革新精神と品質へのこだわりに共鳴し、「青い瓶」の名前を自らのコーヒーブランドに取り入れました。ブルーボトルコーヒーは、名前に込められた歴史を尊重しながらも、現代のコーヒー愛好家に新たな体験を提供することを使命としています。
ウィーンの「青い瓶」でどのようなコーヒーが提供されていたかについては、残念ながら史料が少なく、詳細は不明です。とはいえ、コルシュツィツキーがオスマン帝国からもたらされたコーヒー豆を使っていたことから、トルココーヒーに近いスタイルのコーヒーが提供されていた可能性が高いと考えられます。トルココーヒーは、細かく挽いたコーヒー豆を水と一緒に煮出し、カップの底に粉が溜まる独特のスタイルです。
私もかつてトルコを訪れた際に、ガラタ塔の近くでトルココーヒーを楽しんだ思い出があります。20歳の頃、一人旅でした。ドロっとした濃い味いのそのコーヒーは、カップの底にコーヒーの粉を沈めたまま、角砂糖をたっぷり入れて飲む独特のものでした。(トルコでは実際にはコーヒーよりも紅茶がよく飲まれており、私もたくさんのチャイを楽しみました。昼間から店先でチャイを飲みながら歓談しているおじさんたちの姿を見て、なぜあれほどの余裕を持って過ごせるのか、生活は大丈夫なのか?と不思議に感じたものです。)
その「青い瓶」の名を冠したブルーボトルコーヒーが、豊洲に新たな店舗を2024年8月23日にオープンしました。豊洲公園の一画を潰して建てられたこの店舗は、日本で初めてブルーボトルが専用の建物を作ったお店としても話題です。豊洲の都市景観の中で、洗練された空間と共に、ブルーボトルコーヒーのこだわりを体験できる場所となっています。
ブルーボトルコーヒーは、日本国内に約24店舗を展開しており、その数は増え続けています。豊洲に誕生したこの新しい店舗も、そのこだわりと魅力を存分に味わえる場所として、多くの人々に愛されることでしょう。スターバックスがカジュアルにコーヒーを楽しむ場であるのに対し、ブルーボトルコーヒーは、一杯のコーヒーに深いこだわりを持つ人々のための特別な場所として、その名を轟かせています。