私はお前を「女慣れしてない男子」として見ない、だからお前も私を人として見ろ

主に理系学部のみからなる、もうすぐ変な学校名に変更するらしい某大学院(工学系)に入学した直後、研究室の歓迎会が開かれた。研究室で唯一の女子となった私に先輩からかけられた言葉は、
「今年は女子が来るって話してたんだよ~、どうせブスだろって話してたんだけど、顔みたら違うね(ブスじゃなかった)ってみんなで言ってたんだ」
だった。
マジで絶句した。マジで何重にも絶句した記憶がある。
1.まず女子が来るからといって、顔ジャッジしようとすんな。
2.ジャッジしようとしたとして、その話を面と向かって言ってくんな。ブスじゃない判断だったとしたら、喜ぶとでも思ってんのか。
3.面と向かって言ってくるとして、ファーストコンタクトはないやろ。初対面くらいはまともであってくれ。どないやねんホンマ。

歓迎会の二次会で、同じく新入生の同期からは、
「女子ほとんどいないのに、なんでこの分野来たの?男子がネイリストになろうとは思わないじゃん」
と聞かれた。
好きやし得意やからや!それじゃあかんか!!!院試1位で入ってんねん!!と反射的に思ったが、その場ではまともに答えてしまった(普通に数学とか物理が好きだった的な話)。悔しい。
この研究室で誰一人同じ属性の人はいないので、反発したとしても損しかない。ある意味正しい反応だった。

こんな衝撃のスタートを切った私の大学院生活だったが、言わずもがな理系研究室では、研究室のメンバーとの関係は研究活動の生命線であり、院生活のコミュニティの全てである。
研究に使う解析ソフトの使い方、研究室にある備品の場所、授業の単位の情報…それらの全てが、研究室のメンバーとの仲によって、共有される。加えて、研究室は今後の大学院生活において最も密接にかかわるコミュニティであり、その場での自分の立ち位置は、今後の精神衛生に深く影響する。

この状況下に置かれた私は、もはや人として好きとか嫌いとかではなく、一種の生存戦略として、彼らとの関係構築を無意識に進めていった。
差別的な発言にモヤっとする日がほとんどだったけど、関わっていく中で気づいたのは、彼らは本当に、自分と同じ立場として(工学部にいそうにない風貌の)女子がいることに、ただ「慣れていない」ということだった。「中高は男子校、大学は工学部だから、発言おかしいこともあるかもだけど勘弁して」と言われたこともあった。
そこに明確な悪意がなく、女子の扱い以外は特段嫌いな点がない、むしろ善人であることが、余計に腹立たしかった。飲み会で同期が「○○先輩は本当にいい人だ」と言って皆が頷く中、自分だけが心から同意できなかったのが辛かった。
同じスタートラインで始まったはずの大学院生活で、自分だけが、人と仲良くするハードルが一つ多かった気がした。しかも、「女子の扱いがまともかどうか」という、減点方式でしかないハードル。
これが個人の問題ではなく、ある種社会の構造からなる問題で、自分ではどうしようもないということが初めての経験で余計辛くて、実は研究終わりに一人で泣きながら散歩していた。ああ今まで自分は恵まれてたんだなあとか思いつつも、やっぱり嫌だった。

それから、私の、「お前を『女慣れしてない男子』として見ないし女子扱いも求めないから、お前も私を人として見ろ」という運動が始まった。
コミュニケーションでは、努めて中性的にふるまった。恋愛話になっても、自分の彼氏や男性を評価するようなことは絶対に言わなかった。相手が目を合わせて話してくれなくても、それに気づかないふりをして目を見て話した。飲み会に誘われたら、できるだけフラッと参加して普通に酒飲んで、女子扱いは一切求めなかった。実験で力仕事をやってくれたときはフラットにお礼を言い、自分も労働力として人一倍作業をこなした。共通の話題になる研究やアニメの話は、自分の興味をしっかりとアピールし、積極的に会話を盛り上げた。

研究の進捗を語りあったり教授の愚痴を言い合っているうち、卒業する頃には、同期とは普通に友達になっていた。初日に「女子ほとんどいないのに、なんでこの分野来たの?」と言ってきた男子とは、研究室で〆切間近の修論を徹夜で書きながら、互いに勧めた小説の感想を言い合う仲になっていた。
100本近い論文を引用した修論に、女性の著者はマジで一人も出てこなかったけど、研究自体は楽しかった。

運動の意図が伝わったのかどうかは分からない。せいぜい、私が女子の外れ値と認識された程度であろう。ちなみに卒業して丸2年たって飲んだときは、「○○(私)は意志のあるタイプの女子だから」と言われた。一般の女子は意志がないとでも思ってんのかボケ。もっと色んなサンプルと出会えや、お前の周りにおらんだけや。

そして改めて思う、工学部に女子枠は必要です。コミュニケーションとしても学業実績としても、圧倒的にサンプルが少なすぎる。サンプルを増やすことでしか、解決できない不平等がある。
私は努力してコミュニケーションをとったけど、美化するつもりは一切なく、本来ならばしなくていい努力だったと思うし、感じなくてもいい疎外感だったと思う。仮に自分の娘が工学部に行きたいといったときに、背中を押してあげられるかはわからないし、正直お勧めしたくない。女子枠は必要だけど、女子枠があったとしても、身近な人にファーストペンギンになることを勧められるかというと勧められない、というのが正直なところである。

男子も女子も、自分に合った環境で、研究に打ち込めるようになりますように。それと話題変わるけど、研究者の給料は上げろ。


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