「しあわせ」
今回は短編の物語?小説?です。
また、夜が来る
また、やつが来る
目が覚める。
体が重だるくて『濡れ衣を着せられる』というのはこういう感じなんだろう
スマホで時間を確認すると昼前。
なんだ、まだ早いじゃんとごろんと横になる。
時間を確認したかっただけなのに、いろんな通知が目に入って気が滅入る。
あ、韻が踏めるな。
念のため今日の予定をカレンダーアプリで確認する。
今日の予定はありませんの文字に安心する。
トイレに行こうと立ち上がるとぐらりと世界が真っ暗になってよろける。
いつものことだから気にせずそのままトイレへ向かう。
酷く乾いた喉に朝の薬を水分で流し込んでまた布団へ戻る。
体はだるくて、頭はずうんと重たい。
何かをしようという気力も意欲も体力も、ついでに予定もない。
うつらうつらとしてきて「この眠気が夜にさっさと来たらいいのに」と思った。
次に目が覚めたときに「多分14時半くらい」と思って時間を確認したら
当たらずとも遠からずな時間だった。
さて、と立ち上がる。
いつものように立ちくらみが襲うけど気にしない。
顔を洗って、コンタクトを入れて、タスクをこなすために
PCとモニターの電源を入れる。
ヴゥンとデスクトップの立ち上がる音を聞きながら私は煙草に火をつける。
紫煙で部屋が埋め尽くされる。
ぼーっとそれを見つつ、モニターに「ようこそ」の文字が並んで待ち受け画面?になる。
はーっと煙を吐き出しながらあれやこれやのアプリとブラウザを立ち上げて作業をする。
ああ、めんどくさい、つかれる
たったこれだけのことなのに非常に体力が持っていかれる。
スマホをやっと開いて、ゲームを立ち上げる。
デイリーボーナスを回収しなきゃ。
他にも過去に使っていた端末をWiFiという便利な電波を使用して様々なゲームをループさせて体力を消費させる。
その間にメールを確認して、返信をして、あっちこっちにいろんな電話をして、
ああもう頭がパンクしそう。
あっちからこっちから、いろんな情報が舞い込んできて、
考えることが疲れる、大変だ
何本目か分からない煙草に火をつけてモニターから離れる。
灰皿には明らかにキャパオーバーな数の吸殻。私の精神状況を表しているようで嘲笑する。
スマホを開いて、SNSで目についた漫画をさーっと見て、また次の漫画を見て、そんなことを繰り返していたら
モニターがつけっぱなしなことにやっと気づく。
PCの前にいるだけで作業した気になるのだから
愛してるの響きだけで強くなれる気もするよなあ
なんてぼんやり思いながら
まだ確認していないメールを横目にPCをシャットダウンする。
そういえばお腹が空いた。
ずっと吐き気があって食欲はないけど空腹感だけは生理的に、なのか
生まれてくるようで。
適当に目についたカップ麺を作ってゲーム画面に意識を向ける。
カップ麺が食べ終わってもずっと画面を見ては操作する。
充電も心もとなくなってきたため画面をすっと操作し
ゲームを削除する。
あちらこちらからの連絡の通知が目に舞い込む。
ゲーム中は通知が来ないようにしているからだ。
全部面倒くさいと充電器に差して画面をオフにする。
次はゲーム機でゲームをして…
ヴヴ、とスマホの通知が鳴る。
薬のリマインド通知だ。
もうそんな時間か、と時計を見ると確かにもう夜も更けてきている。
なんとなく不燃焼感を抱きつつやたら難しい名前の抗うつ薬やら睡眠薬を口に放り込む。
どうせ効かないくせに。
一応電気を消して、充電の溜まったスマホの画面を暗めにしてSNSを流し見する。
すると、いつものやつがやってくる。
「何もしていないくせに」「疲れること何もやってないくせに」「普通の人は朝から晩まで働いているのに」「お前は今日何をしたんだ」「一丁前に疲れやがって」「自堕落な今日は幸せだったか?」「明日は頑張ると言って何もしなかった今日は満足か?」
鼓膜が響くわけではなくて、頭の中で口々にもたらされる悪意の言葉。
じわじわ私は暗い気持ちになる。
今日も何もできなかった
病気のせいにしてるけれど、こんなのあと何日続くの?
どうしたら普通の人みたいになれるの?
どうすれば、どうしたら、だけど体が動かない
「そうやって言い訳して。手足がちょん切れてる訳じゃないんだから動けるだろう」
「いつまで自分を甘やかしてるんだ」
「甘えていい時期はもうとっくに過ぎてんだよ」
ああ、うるさいな、ああ、あああああ、あああああああああああああああああああ
つかれたな
しにたいな
……か!」「き… ……!」
「聞こえますか!」
次に、きちんと鼓膜に響いて聞こえた声は女性の切羽詰まった声
目の前にはその声の主であろう女性。
私と目が合うと少し安心したように、
私の名前やらなんやらを確認してきた。
きちんと答えられた。
周りを見ると、病院?の個室のようなところにいて、
たくさんの人?がいた。
「あ、あの」
さすがに不安になって私はまだ傍に居た女性に声をかける。
「あぁ、うん。きちんと説明するね」
奥にいた白衣を着た医者っぽい人と何やら話をして、
他の人にもあれこれ指示を出したっぽくて、
部屋にはその女性と私だけになった。
「あ、あの、私、何か…」
もしかしてODやら自殺未遂をして病院へ運ばれたのだろうか
心当たりがそれしかない
最後の記憶は自分の布団でひたすらしにたいと思った、頭の中がうるさかった、それだけだ。
それで、今の状況を見ると思い当たる可能性はそれしかなかった。
女性は柔和な笑みを浮かべて「大丈夫よ」とそれだけ言った。
なにがどう大丈夫なのかわからない私は混乱しながら「はぁ」と気の抜けた返事をする。
女性は真剣な顔つきになって「じゃあ、質問をしますね」と言う。
私もなんだかどきどきして「はい」と答える。
「あなたが眠る前、嫌な声が聞こえましたか?」
「聞こえたというか…頭に浮かびました」
「それによって、暗い気持ちになりましたか?」
「はい」
「…死にたい、と思いましたか?」
「えっ…と…はい」
なんだか悪いことをして叱られる子どものように小さい声で答える。
女性はふふっと笑って「ごめんなさいね、悪いことじゃないのよ」と言った。
「じゃあ次はこっちのことを説明するわね」
と、私が今一番欲しているであろう情報について、私にも分かりやすくかみ砕いて説明してくれた。
私の暗い気持ちにさせたやつは「しあわせ虫」と呼ばれているらしい。
人の明るい気持ちを食べて暗い気持ちにさせて、自傷行為や自殺未遂をしたくさせるような作用?がある。
それによって、しあわせ虫は増殖していく。
しあわせな人を不幸にさせて、不幸な人が増えれば増えるほど、そのしあわせ虫も増えていく。
私もその対象だったということらしい。
今わかっているのは、しあわせ虫は自己肯定感の低い人の心に棲みつきやすく、
特に夜に活性化するという。
そしてそういう生き物?はこの世に実はたくさんいるらしい。
ここはその研究所で、
前々から私の近くで「被害」の可能性があるため
近くで監視しており、「被害」が始まったため保護に入った
と、説明してくれた。
そして私はその女性に無事送り届けられて、
いつもの自分の部屋に戻る。
「アレが活性化すると、手遅れになるケースが多いから、あなたを保護できてよかった。あなたが無事でよかった」
別れ際、女性に言われた言葉を反芻する。
こんな私が生きていたところで、と苦笑したけど、
実験?のなんかに貢献出来たならそれでいい
しあわせ虫は何度でも出てくるらしい
だから、今後も私の監視を続けてくれるらしい
安心していいのかどうなのか。
私はなんとなく久しぶりな自分の布団に寝そべって考える
しあわせってなんだろう?
今の自分を生きるのに必死でしあわせなんて考えたこと無かった
そんな余裕無かった
そもそも生きるのに必死というか、そうしないと生きていられないだけだけど。
恋人ができた、評価された、愛された、昇進できた、夢が叶った、推しが出来た、子どもができた、資格が取れた、合格できた、……
いろんなしあわせがあると思う
人それぞれ。
でも、ぱっと思い浮かぶしあわせがそれってだけで、
中には人の不幸がしあわせっていう、しあわせ虫みたいなのもいるんだろう。
だったらみんながしあわせになるなんて無理じゃないか
大きくため息をつく。
そんなこと私が考えても仕方のないことだ。
私は、しあわせ虫が、いなくなればいいとは思わなかった。
きっと彼ら(彼女ら?)も生きるのに必死なんだろう。
そうしないと生きていけないんだ。
私と同じだ。
あの研究施設ではあの虫をどうするんだろう
女性の言っていた「手遅れ」になると、しあわせ虫はどこに行くんだろう
どうやって増えていくんだろう
なんにもわからないけど、私は共存していけたらいいなと思った。
夢物語でしかないんだろうけど、みんながしあわせなんて無理なのはわかるけど、
だから、最低限お互いが不幸じゃないように、生きていけないのかな、なんて。
子どもじみているだろうか。
少し恥ずかしくなって布団を被った。
薬のリマインドですぐに剥ぐことになるけれど。
明日からもまた起きて、だるい体を無理やり動かして、何もせず勝手に疲れて、そんな日々が続く。
自己肯定感はいつまでも上がらない。
無を繰り返す日々。
きっとまたしあわせ虫は私にも訪れる。
世界は、誰かのしあわせを踏みにじった上にある
また、夜が来る
また、やつが来る
でも、今日はなんとなく、そこまで嫌な気持ちではなかった。
きみも、さみしいんだよね