週刊オールライター第105号 「間違って伝わっている『史実』」
皆さんは普段の生活で
「◯◯だと思っていたことが実は違って驚いた」
といった経験はありますか?私は今日まで3年半以上の大学生活で日本史を学んできましたが、歴史の分野でも上記のように思われても仕方がない
「間違って伝わってしまった歴史」
というものはいくつもあり、私もその現場を間近で見てきました。そこで今回は、一般に間違って伝わってしまった歴史をいくつか解説しようと思います。
1."baseball" を「野球」と訳したのは正岡子規ではない
明治時代、日本に渡来した海外の球技はほとんど「蹴球(サッカー)」「籠球(バスケットボール)」「庭球(テニス)」「避球(ドッジボール)」など「◯球」という名前で日本語訳されてきました。その中でも日本に最も浸透した球技といえる "baseball" ですが、これを「野球」と訳したのは、俳人・正岡子規と思っている方が多いのではないでしょうか。実は間違いです。正しくは中馬庚です。「野球」という2文字は中馬が訳したのです。また中馬は、ほとんどの野球用語を和訳しており、 "shortstop" を「遊撃手」と訳したのも彼の功績です。ショートの守備の動きを、「遊撃」という日本語にあてて訳したと言われています。
ではなぜ、中馬庚は有名にならなかったのでしょう。正岡子規のネームバリューの大きさも原因として考えられますが、最大の原因は中馬自身が「人に自慢することがない」という性格だったことに加え、晩年に原稿をほとんど捨ててしまったからです。
1-1. 「正岡民事件」
余談ですが、この中馬庚の存在を知らなかったことを原因の一つとする、インターネット掲示板とそれに書き込んだ人々が炎上した「正岡民事件」が過去に発生しています。皆さんも、知ったかぶりはやめましょう。
(正岡民事件に関しては上記動画をご覧ください。)
2. 電球を発明したのはトーマス・エジソンではない
数々の発明で後世に多大な影響力を与えた「発明王」ことトーマス・エジソン。彼にまつわる史実もまた、勘違いされているものがあります。それが彼の最大の功績と言える「エジソン電球」です。実はエジソンは電球を発明した人ではなく、単に「電球の耐久時間を高めただけ」なのです。電球を最初に発明したのは、ジョセフ・スワンです。エジソンはスワンの電球を見て、耐久力を高める研究をしようと思ったのです。
3. マリー・アントワネットは無実の罪まで着せられていた⁉︎
「パンが食べられなければお菓子を食べればいいじゃない?」
このようなニュアンスの発言をした人物はマリー・アントワネット、と思う人も多いでしょう。実は、彼女はそのようなことは一言も言っていません。つまり、「無実の罪」まで着せられて処刑されたのです。では、その無実の罪を着せた「犯人」は誰でしょうか?
近年の研究で、その「犯人」はルソーだとされています。ロック、モンテスキューとともに、この時期の欧州を代表する「啓蒙思想家」として大きな影響力を与えていたルソーは、自著『告白』の中でこのように発言しています。
ついにわたしは、「百姓どもにはパンがございません」と言われて、「では菓子パンを食べるがよい」と答えたという、さる大公夫人の苦し紛れの文句を思い出した。
この発言で「さる大公夫人」にあたる人物をマリーだと勝手に思い込んだ民衆によってこの発言が独り歩きし、民衆がマリーの罪を勝手に増した、と言えます。
4.おまけ 司馬遼太郎の歴史小説について
ここで、「間違って伝わってしまった歴史」について私の印象に残っているエピソードを紹介します。大学の「基礎ゼミ」という授業のうち、私が大学2年の後半でとった基礎ゼミを担当した先生(近世仏教史専門)は授業の最初にこう言いました。
「司馬遼太郎の小説の内容を史実と思い込んだところから歴史に興味をもった人は歴史学者からほとんどの確率で苦い顔をされますよ。」
「竜馬がゆく」「坂の上の雲」など、さまざまな歴史小説を世に残した司馬ですが、その歴史小説の内容には司馬自身の解釈、読者を引き込むためにわざと事実を歪曲する等の脚色をつけた表現が散見されており、歴史学者はこの表現を大層嫌っているのだそうです。この表現方法は俗に「司馬史観」と呼ばれます。司馬はこの表現の習得のために大量の史資料を集めてその内容を我が物としていたのでそうです。これによって生み出された司馬史観は、時折歴史に詳しくない人に対してあたかも史実であるかのように語りかける、というのです。歴史学者は、司馬作品を歴史に興味を持つ手段としての否定はしていませんが、その世界観を史実と思いこんで歴史の世界に入ることに抵抗感を持っている、と私は考えます。なので、苦い顔をされるというわけです。もしこの配信を読んだ方で司馬作品を読んだことで歴史に興味を持った方がいましたら、作品中の歴史描写ほぼ全てとは言いませんが、「書いてある内容は史実でなさそう」という疑いの目をもって読むことをお勧めします。
むすびにかえて
今回は、間違って伝わってしまった歴史について解説しました。歴史は間違って覚えては絶対にダメです。
ではまた。