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平和×知る
みなさんにとって『平和』はどんな意味を持っていますか?
また、『知る』はどんな意味を持っていますか?
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今日、とっても久しぶりにプレゼンをする機会があり、
私は『平和×知る』というテーマで話しました。
自分が話したことを残しておきたいと思ったので、加筆しながらここに記録します。
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『平和』も『知る』も、とても深くて大きな意味を持っています。
そしてその意味は人によって異なり、どれもきっと正解です。
私は、大学4年間、特に最後の2年間を通して、この2つの言葉の意味について考え、
今、自分なりの答えに1歩近づいたような気がします。
今回は、私にとっての『知る』意味についてお伝えします。
私は、大学4年間しか広島で過ごすことができませんでした。
広島に行く前の私は、平和学習をまともに受けたこともなく、広島で起こったことは
教科書の中の話でしかありませんでした。
英語が好きだったことと、「誰かの役に立ちたい」という思いから、国際協力に興味を持つようになりました。
大学3年生の時、1ヶ月半ルワンダに行きました。
全てのことが新しく、毎日がとても新鮮でした。
私がルワンダにいた時、ルワンダはジェノサイドから25年の節目を迎えていました。
私にとって、このジェノサイドも教科書の中の話。
お世話になっていた方に、
「ここにきた人には、ジェノサイドメモリアルに行ってほしい」
と言われ、連れて行ってもらいました。
正直、明るい気持ちで行ける場所ではないので、あまり乗り気はしませんでした。
また別の日、研究に合わせて顔を見にきてくださったゼミの先生に、
別のジェノサイドメモリアルに連れて行ってもらいました。
そこで、ジェノサイドを経験した人から当時の話を聞いた時、彼らの声、表情、
そのすべてから、彼らが経験したことの苦しみ、悲しみ、全身に伝わってきました。
彼らにとっては、まだ終わったことではなかったのです。
彼らは、当時の記憶とともに今まで生きてきて、これからも生きていくのです。
そして私は、今お世話になっている人たちも、このジェノサイドを生き抜いた人たちなのだと気づいた時、彼らが生き延びてくれたこと、今を一緒に過ごせていること、
そのことがありがたく、尊く感じ涙が出そうになりました。
そして、広島に戻り、私は初めて広島についてきちんと知りたいと思いました。
大学生活を広島で過ごしたものとして、自分の言葉で広島を語れるようになりたい。
他人事ではなく、自分のこととして。
広島にあるNPOでインターンを始めて、私は初めて被爆者の方の話を直接聞きました。
彼女の1つ1つの言葉はとてもリアルで、重く、私の心に響きました。
今でも鮮明に、彼女の言葉を覚えています。
「教科書の中の話ではなかった」
自然と私の頭に浮かびました。
私にとって『知る』ことは、自分の目で見て、耳で聞いて、人と出会うこと。
自分自身で経験することそのものです。
辛い過去がありながら、前向きに生きるルワンダの人の暖かさ。
ルワンダの子どもたちの目の輝き、純粋さ。
被爆者の方の思い。私たちに寄せてくださる期待。
すべて、私が身を持って感じたことです。
私も、私自身が経験したことをたくさんの人に伝えていきたい。
でも、その人自身が経験することに勝るものはないと思っています。
だから私は、誰かが「知りたい」と思うきっかけを作れる人になりたい。
特に、この日常を当たり前だと思っている人たちが、何かに気づいて、「もっと知りたい」と思えるきっかけを作りたいです。
そして子どもたちには、もっと広い世界があることを伝えたいです。
その手段として、私の大好きな絵本を作ってみました。
過去に起こったこと、世界の違う場所で起こっていること。
すべて自分とつながりがあると感じてほしい。
そんな思いを込めました。
みなさんが思う絵本とは、少し違うかもしれませんが、聞いてくれると嬉しいです。
⭐︎ここでは詩だけ載せます。
『“今“という場所』
私は、“今“という場所を生きている。
それは、平和で、私が自分でやりたいことを自分で決める。
そして友達や家族が応援してくれる、とても素敵な場所。
でもそれは、突然できた“今“ではない。
私のおばあちゃんが私くらいの頃、女の人は大学まで通うことは、
当たり前ではなかった。
おばあちゃんが小さかった頃、世界では戦争が起きていた。
おばあちゃんのおばあちゃんが私くらいの頃、
彼女たちの“今“はどんな場所だったんだろう。
私が“今“という場所で生きるよりずっと前から、
たくさんの人たちがそれぞれの“今“を生きてくれたから、
私は“今“を生きることができている。
そして、地球の違うところで“今“を生きている彼女。
彼女はまだ、自分の人生を自分で決めることができない。
彼女が私と同じくらいの歳になったら、
彼女はお嫁さんになって、子育てをする。
それが、彼女の夢かもしれない。
でも、そうじゃなかったら…?
みんな、それぞれの“今“を必死で生きている。
そして、みんなが“今“を生きてよかったと思えるために必要なことは…?
(おわり)
田舎で生まれ育った私が、国際協力や平和活動に興味を持ったこと。
大学4年間の大切な時期を、広島で過ごすことができたこと。
ルワンダに導かれたこと。
被爆者の方に会えたこと。
このすべてを偶然で終わらせないために。
ただの経験で終わらせないために。
いつか、誰かの『知る』きっかけになれますように。
「平和な国で生まれてラッキー!」というだけで終わらせたくない。
私が今の時代に、この場所で生まれたことには何か意味があるはず。
そしてその意味は自分で作ることができる。
私のやりたいこと、なりたい姿は見つかった。
あとは、どう形にしていくか。